ポプラ林の中の二人

フィンセント・ファン・ゴッホ《ポプラ林の中の二人》1890年6月
ポプラ林の中の二人Undergrowth with Two Figures
1890年6月
油彩、カンヴァス、49.5 × 99.7 cm
シンシナティ美術館(シンシナティ)

この作品のデータ

作者フィンセント・ファン・ゴッホ同じ作家の作品 14点
制作年1890年6月
時代印象派以後同じ時代の作品 105点
様式—
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵シンシナティ美術館シンシナティ
有名度★★★
展覧会シンシナティ美術館展 ~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~上野の森美術館(東京都)2026年10月10日(土)〜2027年1月10日(日)開催中
展覧会シンシナティ美術館展 ~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~富山県美術館(富山県)2027年1月23日(土)〜4月11日(日)これから
何がすごいのか

木立の奥を歩く男女は、草花と幹のあいだに紛れて、すぐには見つかりません。ゴッホはこの絵を手紙の中に小さなスケッチで描き写し、ポプラの幹を「柱のよう」と書き送りました。横幅が高さのほぼ2倍という細長い画面も、晩年のゴッホが試した形です。

見どころ

木立を歩く二人

画面の中ほど、細い幹のあいだに黒い服の男性と淡い色の服の女性が並んでいます。周りの草や花に半ば溶け込むように描かれています。所蔵館は、この二人を自然の豊かさを示すモチーフとして解説しています。

柱のような幹

ゴッホは手紙で、紫色のポプラの幹が「柱のように」垂直に風景を横切っていると書きました。青や紫の太い線で描かれた幹が、緑の下草の中から何本も立ち上がっています。

花の咲く下草

大きな幹の下には、白や黄色の花が咲く草地が広がります。手紙にも、白、ピンク、黄、緑の花と、長い赤茶色の草が並べて書かれています。短い筆の跡が斜めに重ねられています。

手紙に描き写した一枚

1890年7月2日、ゴッホはオーヴェルから弟テオとその妻ヨーに手紙を書きました。そこで、取りかかっている絵の一つとして下草の絵を説明しています。紫色のポプラの幹が柱のように立ち、下草の奥は青く、大きな幹の下には花の咲く草地が広がる、という内容です。

この手紙には、並木のあいだを歩く男女の小さなスケッチが添えられています。書簡集の注によると、このスケッチはシンシナティにあるこの絵をもとに描かれました。ただし手紙の文章そのものは、二人の人物には触れていません。

苦しみの跡がない画面

所蔵館の解説は、この絵の銀色がかった色調と勢いのある筆づかいに注目しています。そのうえで、構図には精神的な苦しみの跡が見られないと述べています。

オーヴェルで書かれた手紙は、ほかの作品の記事でも紹介しています。《赤い葡萄畑》の買い手について、ゴッホがテオに書き送ったのも同じ時期です。

シンシナティへの遺贈

この絵は1967年、メアリー・E・ジョンストンの遺贈によってシンシナティ美術館に入りました。ジョンストンはシンシナティの慈善家で、近代美術の収集家でもありました。同じ館が所蔵するセザンヌの《パンと卵のある静物》も、1955年に彼女が寄贈したものです。

読んだらクイズ

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よくある疑問

『ポプラ林の中の二人』はどこにある?

アメリカ・オハイオ州のシンシナティ美術館が所蔵しています。1967年に、メアリー・E・ジョンストンの遺贈で館に入りました。展示されているかどうかは時期によって変わるため、館の公式コレクションページで確かめられます。

いつ、どこで描かれた?

1890年6月、フランスの村オーヴェル=シュル=オワーズで描かれました。所蔵館は、オーヴェルで過ごした最後の数か月に、ゴッホが猛烈な速さで制作していた時期の作品と説明しています。ゴッホは同じ年に、このオーヴェルで亡くなりました。

なぜこんなに横長なの?

幅が高さのほぼ2倍ある「ダブル・スクエア(正方形2つ分)」の画面に描かれているためです。所蔵館によると、ゴッホは晩年のいくつかの作品で、このパノラマのような横長の形を試しています。

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