
この作品のデータ
| 作者 | ピエール=オーギュスト・ルノワール | 同じ作家の作品 12点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1917〜1919年 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | 埼玉県立近代美術館さいたま市 | |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | わたしたちのルノワール 日本が愛した、幸せの画家静岡市美術館(静岡県)2026年9月22日(火)〜11月15日(日) | 開催中 |
リウマチに苦しみ、手に絵筆を縛り付けてまで描き続けたと伝えられる最晩年のルノワールの作品です。三人の豊かな裸婦が赤や橙、黄の暖かい色で描かれ、周りの風景は浴女たちから生まれ出たように溶け合っています。
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見どころ
右の大きな浴女
画面の右半分を、腰を下ろした大きな裸婦が占めています。脚を組んで身をかがめる姿は、流れるような柔らかいタッチで描かれています。
奥で髪に手をやる浴女
奥の浴女は両腕を上げ、周りの草花に半ば埋もれています。所蔵館は、ところどころに置かれた緑や紫のタッチが、輝く裸体を際立たせていると解説しています。
右下の白い布
右手の浴女の下に、白い布が広がっています。暖色が多い画面の中で、この白が全体を引き締める響きを与えていると所蔵館は見ています。
生命の賛歌としての裸婦
ルノワールは生涯、裸婦を描き続けました。埼玉県立近代美術館は、裸婦がルノワールにとって永遠のテーマであり、生命の賛歌だったと解説しています。持病のリウマチに苦しんだ晩年も、制作への意欲は最後まで衰えませんでした。
絵付け職人から晩年のカーニュへ
ルノワールは陶器の絵付けや家具の装飾から仕事を始め、のちに絵画へ移りました。初めは戸外でくつろぐ人々の明るい情景を描き、1880年代には古典に立ち返って、より堅い形を求めます。
晩年は南フランスのカーニュに移り、甘く豊かな色の表現へ向かいました。この絵もその時期のものです。同じ晩年の裸婦には、大原美術館の『泉による女』もあります。
読んだらクイズ
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奥で髪に手をやる浴女奥の浴女は両腕を上げ、周りの草花に半ば埋もれています。所蔵館は、ところどころに置かれた緑や紫のタッチが、輝く裸体を際立たせていると解説しています。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『三人の浴女』はどこにある?
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さいたま市浦和区の埼玉県立近代美術館が所蔵しています。同館の収蔵品検索で、作品情報と解説を見ることができます。
- いつ描かれた?
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1917年から1919年にかけて描かれました。ルノワールは1919年12月に亡くなっており、最晩年の作品にあたります。
- オルセー美術館の『浴女たち』とどう違う?
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どちらも同じ時期の裸婦の絵です。オルセー美術館の『浴女たち』は横160cmの大作で、手前に二人が横たわり、奥の小川に三人がいます。こちらは横61.3cmほどの画面に、三人を間近に寄せて描いています。
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、撮影: Pierre-Auguste Renoir)。元ファイル



