
この作品のデータ
| 作者 | ピエール=オーギュスト・ルノワール | 同じ作家の作品 12点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1918〜1919年 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | オルセー美術館パリ | 同じ所蔵の作品 29点 |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | 東京都美術館開館100周年記念 オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び東京都美術館(東京都)2026年11月14日(土)〜2027年3月28日(日) | これから |
ルノワールは1919年12月に亡くなりました。その直前まで取り組んだこの大作を、所蔵するオルセー美術館は絵による遺言とも見ています。映画監督ジャン・ルノワールを含む三人の息子が、1923年に国へ寄贈しました。
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見どころ
手前に横たわる二人
手前の二人は、南フランスのカーニュにあった画家の屋敷レ・コレットの、オリーブの木が茂る広い庭でポーズをとりました。頬杖をつく女性と、腕を頭の後ろに回して寝そべる女性が、上下に重なっています。
奥の小川で遊ぶ三人
右奥では、三人の浴女が小川で水を浴びています。手前の二人と同じく、レ・コレットの庭がモデルの舞台になりました。
左下の帽子と花
左下には、花を飾った麦わら帽子と縞のクッションが置かれています。人物の形は木々や花、赤みを帯びた水と溶け合うように描かれていると評されています。
戸外の裸婦への回帰
1910年を過ぎると、ルノワールは好んだ主題の一つ、戸外の裸婦に戻り、大きな絵を何点も描きました。この絵はその試みを代表する作品です。画面からは同時代を思わせるものがすべて除かれ、時代を超えた自然が描かれています。
地中海の風景は、古代のイタリアやギリシアの伝統につながっています。ルノワールは「大地が神々の楽園だった」頃を描きたいと語ったと伝えられます。モデルの官能、豊かな色、量感のある形が、この理想郷の印象を強めています。
ティツィアーノとルーベンスへの敬意
オルセー美術館は、この絵がルノワールの敬愛したティツィアーノとルーベンスの裸婦に多くを負っていると解説しています。晩年の病と苦しみも、描くことの喜びを損なわなかったといいます。最晩年の裸婦としては、埼玉県立近代美術館の『三人の浴女』もあります。
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奥の小川で遊ぶ三人右奥では、三人の浴女が小川で水を浴びています。手前の二人と同じく、レ・コレットの庭がモデルの舞台になりました。
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よくある疑問
- 『浴女たち』はどこにある?
-
パリのオルセー美術館が所蔵しています。1923年に、ルノワールの三人の息子が国に寄贈しました。
- モデルは誰?
-
モデルの一人はアンドレ・ヘスリングです。のちにルノワールの息子ジャンの最初の妻になりました。モデルたちは、カーニュにあった画家の屋敷の庭でポーズをとっています。
- どんな批判を受けた?
-
英語版ウィキペディアによると、脚や腕の大きさ、肉体のたるみ、モデルの肌の桃色が批判されました。
- 埼玉の『三人の浴女』とどう違う?
-
埼玉県立近代美術館の『三人の浴女』も1917〜1919年の作で、時期はほぼ重なります。こちらが横160cmの大きな画面に手前と奥の二つの群れを置いたのに対し、埼玉の作品は横61.3cmほどの画面に三人を間近に描いています。
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出典・画像について
- Google Arts & Culture(オルセー美術館)The Bathers
- Wikipedia(英語版)The Bathers (Renoir)
- Wikipedia「浴女たち」
- Wikidata Q6251620
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



