浴女たち

ピエール=オーギュスト・ルノワール《浴女たち》1918〜1919年
浴女たちThe Bathers
1918〜1919年
油彩、カンヴァス、110 × 160 cm
オルセー美術館(パリ)

この作品のデータ

作者ピエール=オーギュスト・ルノワール同じ作家の作品 12点
制作年1918〜1919年
時代印象派以後同じ時代の作品 105点
様式—
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵オルセー美術館パリ同じ所蔵の作品 29点
有名度★★★
展覧会東京都美術館開館100周年記念 オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び東京都美術館(東京都)2026年11月14日(土)〜2027年3月28日(日)これから
何がすごいのか

ルノワールは1919年12月に亡くなりました。その直前まで取り組んだこの大作を、所蔵するオルセー美術館は絵による遺言とも見ています。映画監督ジャン・ルノワールを含む三人の息子が、1923年に国へ寄贈しました。

見どころ

手前に横たわる二人

手前の二人は、南フランスのカーニュにあった画家の屋敷レ・コレットの、オリーブの木が茂る広い庭でポーズをとりました。頬杖をつく女性と、腕を頭の後ろに回して寝そべる女性が、上下に重なっています。

奥の小川で遊ぶ三人

右奥では、三人の浴女が小川で水を浴びています。手前の二人と同じく、レ・コレットの庭がモデルの舞台になりました。

左下の帽子と花

左下には、花を飾った麦わら帽子と縞のクッションが置かれています。人物の形は木々や花、赤みを帯びた水と溶け合うように描かれていると評されています。

戸外の裸婦への回帰

1910年を過ぎると、ルノワールは好んだ主題の一つ、戸外の裸婦に戻り、大きな絵を何点も描きました。この絵はその試みを代表する作品です。画面からは同時代を思わせるものがすべて除かれ、時代を超えた自然が描かれています。

地中海の風景は、古代のイタリアやギリシアの伝統につながっています。ルノワールは「大地が神々の楽園だった」頃を描きたいと語ったと伝えられます。モデルの官能、豊かな色、量感のある形が、この理想郷の印象を強めています。

ティツィアーノとルーベンスへの敬意

オルセー美術館は、この絵がルノワールの敬愛したティツィアーノとルーベンスの裸婦に多くを負っていると解説しています。晩年の病と苦しみも、描くことの喜びを損なわなかったといいます。最晩年の裸婦としては、埼玉県立近代美術館の『三人の浴女』もあります。

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よくある疑問

『浴女たち』はどこにある?

パリのオルセー美術館が所蔵しています。1923年に、ルノワールの三人の息子が国に寄贈しました。

モデルは誰?

モデルの一人はアンドレ・ヘスリングです。のちにルノワールの息子ジャンの最初の妻になりました。モデルたちは、カーニュにあった画家の屋敷の庭でポーズをとっています。

どんな批判を受けた?

英語版ウィキペディアによると、脚や腕の大きさ、肉体のたるみ、モデルの肌の桃色が批判されました。

埼玉の『三人の浴女』とどう違う?

埼玉県立近代美術館の『三人の浴女』も1917〜1919年の作で、時期はほぼ重なります。こちらが横160cmの大きな画面に手前と奥の二つの群れを置いたのに対し、埼玉の作品は横61.3cmほどの画面に三人を間近に描いています。

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