
この作品のデータ
| 作者 | クロード・モネ | 同じ作家の作品 10点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1900年 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ポーラ美術館箱根 | |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目―モネと21世紀のアートポーラ美術館(神奈川県)2026年6月17日(水)〜2027年4月7日(水) | 開催中 |
モネは「霧なしではロンドンは美しい町ではありえない」と書き残しています。この絵では、夕陽を背にした国会議事堂が青いシルエットとなり、霧に包まれたテムズ河に影を落としています。箱根のポーラ美術館が所蔵する、1900年の1枚です。
絵を見て作者を当てる練習は、名画クイズ(iPhone アプリ)でできます。
見どころ
空にそびえる塔
画面の中ほどに、議事堂でいちばん高い塔が立ち上がっています。夕陽の逆光を受けて、塔は細部のない青い影になりました。背後の空はバラ色に染まっています。
尖塔の向こうの夕陽
右側の尖塔の群れの奥に、沈みかけた太陽の光がにじんでいます。ポーラ美術館は、この絵を夕刻に描かれた作品のひとつに数えています。
霧にゆらぐ水面
画面の下半分はテムズ河です。議事堂の影が水面に落ち、立ちこめる霧の揺らぎが、建物の輪郭まであいまいにしています。
息子の留学先で始めた連作
1900年の冬、モネは息子ミシェルが留学していたロンドンに滞在しました。このとき描き始めたのが「国会議事堂」の連作です。翌年の冬にもロンドンを訪れて描き続け、その後ジヴェルニーのアトリエで仕上げました。
完成した連作は、1904年にパリのデュラン=リュエル画廊で開かれた個展で発表されています。本作もその連作に含まれる1点です。
夕暮れの光を描いた1枚
モネが見ていたのは、議事堂の真東にあるセント・トーマス病院のテラスからの眺めです。夕陽の逆光で議事堂は青いシルエットとなり、テムズ河にその影を落としています。テムズの水面に立ちこめた霧の揺らぎが、建物の細部や輪郭をあいまいにしています。
ポーラ美術館は、所蔵するモネ作品のうち、本作を夕刻に描かれた作品のひとつとして紹介しています。凍ったセーヌ河に夕陽が映る『セーヌ河の日没、冬』や、夕方の光でバラ色に染まる『ルーアン大聖堂』も、同じ館にある夕暮れの絵です。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

尖塔の向こうの夕陽右側の尖塔の群れの奥に、沈みかけた太陽の光がにじんでいます。ポーラ美術館は、この絵を夕刻に描かれた作品のひとつに数えています。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『国会議事堂、バラ色のシンフォニー』はどこにある?
-
神奈川県箱根町仙石原のポーラ美術館が所蔵しています。同館はモネの油彩画をまとまって収蔵しており、本作はそのうちの1点です。展示替えがあるため、展示中かどうかは館のウェブサイトの「展示中の作品から探す」で確かめられます。
- モネはどこからこの景色を描いた?
-
議事堂の真東にあたる、テムズ河の対岸のセント・トーマス病院のテラスから描いています。夕方、その位置から見た議事堂は、夕陽の逆光を受けて青いシルエットになりました。
- いつ完成し、どこで発表された?
-
ロンドンで描き始めた絵を、モネはジヴェルニーのアトリエで仕上げました。連作は1904年のデュラン=リュエル画廊の個展で発表されています。
- なぜ霧の日を描いたの?
-
国会議事堂、霧、テムズ河は、どれもロンドンを象徴する要素です。なかでもモネの心をとらえたのは、霧がつくり出す複雑な光の効果でした。整然として重々しい街並みが、霧という神秘的なマントの中で壮麗になる、とモネは書いています。
クロード・モネのほかの作品
《印象・日の出》 《セーヌ河の日没、冬》 《エトルタの浜辺の漁船》 《日傘の女》 《べリールの岩場、ポール=ドモワ》 《ルーアン大聖堂》 《ルーアン大聖堂》 《睡蓮の池》 《睡蓮》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



