セーヌ河の日没、冬

クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》1880年
セーヌ河の日没、冬Sunset on the Seine in Winter
1880年
油彩、カンヴァス、60.6 × 81.1 cm
ポーラ美術館(箱根)

この作品のデータ

作者クロード・モネ同じ作家の作品 10点
制作年1880年
時代印象派以後同じ時代の作品 105点
様式—
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵ポーラ美術館箱根
有名度★★★
展覧会モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目―モネと21世紀のアートポーラ美術館(神奈川県)2026年6月17日(水)〜2027年4月7日(水)開催中
何がすごいのか

記録的な寒波でセーヌ河が凍り、やがて割れた氷が水面を流れはじめました。モネはこのめずらしい光景に心を動かされ、時間や視点を変えて何度も描いています。妻カミーユを亡くした直後の、悲しみの中にいた画家をふたたび制作へ向かわせた風景です。

見どころ

沈みゆく赤い太陽

画面の中ほど、対岸の家並みのすぐ上に、赤い太陽が沈もうとしています。まわりの空は、オレンジや黄色に染まっています。

流れる氷のかけら

手前の水面には、割れた氷が点々と浮かんでいます。氷のあいだの水面は、夕陽に染まる空の色を映し出しています。

右岸の冬の木立

右手の岸には、葉を落とした木々が立っています。細い枝が、かすんだ夕方の空に溶け込むように描かれています。

ヴェトゥイユでの別れ

モネは1878年1月にアルジャントゥイユを離れ、しばらくパリに滞在しました。同じ年の8月には、パリの北西約60kmの村ヴェトゥイユに移っています。

その翌月の1878年9月、最初の妻カミーユが、次男を出産したあとにこの地で亡くなりました。モネは悲しみの淵に沈んでいたと、ポーラ美術館は説明しています。

凍った河がもたらしたもの

その冬、フランスは記録的な寒波に見舞われ、セーヌ河が凍りました。年が明けた1月、氷が割れて水面を流れる光景を、モネは目にします。風景の変化と、美しくも厳しい自然の姿が、モネをふたたび制作に駆り立てました。

ポーラ美術館は本作を、夕刻に描かれた作品のひとつとして紹介しています。水面に映る光は、のちの『睡蓮』(1907年)で画面全体を占める主題になりました。同じ館には、夕陽の逆光で議事堂を描いた『国会議事堂、バラ色のシンフォニー』もあります。

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よくある疑問

『セーヌ河の日没、冬』はどこにある?

神奈川県箱根町仙石原のポーラ美術館が所蔵しています。展示替えがあるため、展示中かどうかは館のウェブサイトの「展示中の作品から探す」で確かめられます。

どこの風景を描いた?

モネが暮らしていたヴェトゥイユ近くのセーヌ河です。ヴェトゥイユは、パリの北西約60km、メダンとジヴェルニーのあいだにある、セーヌ河の湾曲部の小さな村です。

なぜ河に氷が浮かんでいるの?

フランスを襲った記録的な寒波で、セーヌ河が凍りついたためです。年明けの1月に氷が割れ、水面を流れていくめずらしい光景が生まれました。モネはこの自然の異変に感動し、描く時間や視点を変えて繰り返し描きました。

後の『睡蓮』とどんな関係がある?

ポーラ美術館は、氷の浮かぶ水面が夕陽に染まる空の色を映す点を、後年の睡蓮の連作に重ねて解説しています。空そのものより、水面に映る空を描く見方が、すでにこの絵に表れています。

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