日傘の女

クロード・モネ《日傘の女》1886年
日傘の女Femme à l’ombrelle tournée vers la droite
1886年
油彩、カンヴァス、131 × 88 cm
オルセー美術館(パリ)
何がすごいのか

モデルは、モネが後に妻とするアリス・オシュデの娘スザンヌです。1886年、旅先から戻ったモネはジヴェルニーの自宅で義理の娘たちをモデルに日傘の絵を描きました。左向きの構図で描いた対の一枚も、同じくオルセー美術館にあります。

見どころ

義理の娘がモデル

1878年からモネの家族はエルネスト・オシュデとその妻アリスの一家と同居していました。ジヴェルニーに戻ったモネは、アリスの娘たちをモデルに、エプト川での舟遊びとともにこの日傘の絵を描いています。

もう一枚の対作品

この絵と左右対になる、左向きの構図の作品も同じ1886年に描かれ、オルセー美術館に所蔵されています。画家ベルト・モリゾは「彼の絵を見れば、日傘をどちらの方に向ければよいか、すぐ分かる」とモネの観察眼を評しました。

各地を旅した1886年

この年モネは、オランダのチューリップ畑やブルターニュ沿岸のベル=イル島など各地に制作旅行に出かけています。ジヴェルニーに戻るたびに、こうした身近な人物画にも取り組みました。

各地を旅した1880年代

1883年にジヴェルニーへ移り住んだモネは、1880年代を通じて地中海沿岸やオランダなど、ヨーロッパ各地へ頻繁に制作旅行に出かけました。1886年にはオランダのチューリップ畑に魅了されて2点を描き、同年秋にはブルターニュ沿岸のベル=イル島で奇岩を描いています。この年、デュラン=リュエルがニューヨークで開いた印象派展覧会をきっかけに、モネは経済的に安定していきました。

オシュデ家との同居生活

1878年、破産したパトロンのエルネスト・オシュデとその家族が、モネの住むヴェトゥイユの家に同居することになりました。妻アリスはモネの2人の子どもの面倒も見るようになり、2人の関係は徐々に深まっていきます。1892年、エルネストの死去を経てモネとアリスは結婚しました。

よくある疑問

『日傘の女』はどこにある?

パリのオルセー美術館が所蔵しています。作品はルーヴル美術館絵画部門のコレクションに属しますが、印象派の作品として現在はオルセー美術館で展示されています。

モデルは誰?

スザンヌ・オシュデです。モネと同居していたアリス・オシュデの娘で、モネは1892年、夫を亡くしたアリスと再婚しています。

なぜよく似た絵がもう1枚あるの?

同じ1886年に、左右反対向きの構図で対になる作品がもう1枚描かれているためです。こちらも同じくオルセー美術館に所蔵されています。

モネの妻を描いた絵なの?

いいえ、当時アリスはまだモネの妻ではありませんでした。アリスの夫エルネスト・オシュデが1891年に亡くなったあと、1892年にモネと結婚しています。

基本データ

作者
クロード・モネClaude Monet
制作年
1886年
種別
絵画
技法・素材
油彩、カンヴァス
寸法
131 × 88 cm
様式
印象派
所蔵
オルセー美術館(パリ)

クロード・モネのほかの作品

《印象・日の出》 《ルーアン大聖堂》 《睡蓮》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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