
この作品のデータ
| 作者 | クロード・モネ | 同じ作家の作品 10点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1899年 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ポーラ美術館箱根 | |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目―モネと21世紀のアートポーラ美術館(神奈川県)2026年6月17日(水)〜2027年4月7日(水) | 開催中 |
モネは自宅の庭に池を掘って睡蓮を植え、その上に浮世絵に描かれたような日本風の太鼓橋を架けました。この絵は、自分でつくり上げたその庭を描いた連作の1点です。モネは86歳で亡くなるまで、この池を描き続けました。
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見どころ
池に架かる太鼓橋
画面の上半分を、弧を描く橋が横切っています。モネは好きだった日本の浮世絵にならって、日本風の太鼓橋を池に架けました。
水面を埋める睡蓮
橋の下の水面には、睡蓮の葉と花が一面に浮かんでいます。モネは「水の庭」の池に、自分で睡蓮を植えました。
池を囲む草木
橋の奥と左手は、茂った草木で埋まっています。池のまわりには柳、竹、桜、藤、アイリス、牡丹など、さまざまな植物が植えられていました。
自分でつくった庭を描く
モネは1883年、パリの北西およそ70kmの村ジヴェルニーに移り住み、家を建てて庭を造りはじめました。家の前には、色とりどりの花が咲く「花の庭」を設けています。
1893年には、家の敷地から道路を隔てた隣の土地を買い足しました。そこに池を掘って睡蓮を植え、「水の庭」としました。モネはこの幻想的な庭で、睡蓮の池と橋の風景を繰り返し描いています。本作はその連作の1点です。
橋から水面へ
この連作のあと、モネの関心は少しずつ移っていきます。橋や岸を含む庭の景色よりも、時間や天候で変わる光が池の水面にどう映るかに目が向かうようになりました。
ポーラ美術館によると、モネは50歳代にこの庭を造り、86歳で亡くなるまで描き続けました。睡蓮の池は晩年の重要な主題になります。水面だけを大きく描いた晩年の作品には、『睡蓮』(1915〜1926年、カーネギー美術館)があります。
読んだらクイズ
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水面を埋める睡蓮橋の下の水面には、睡蓮の葉と花が一面に浮かんでいます。モネは「水の庭」の池に、自分で睡蓮を植えました。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『睡蓮の池』はどこにある?
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神奈川県箱根町仙石原のポーラ美術館が所蔵しています。同館を代表するモネ作品のひとつです。展示替えがあるため、展示中かどうかは館のウェブサイトの「展示中の作品から探す」で確かめられます。
- 描かれた池はどこにある?
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パリの北西70kmほどの村、ジヴェルニーにあるモネの家の庭です。モネが1893年に道路を隔てた隣の土地を買い、「水の庭」として池を造りました。家と庭は1966年に国家へ遺贈され、一般に公開されています。
- 同じ館の『睡蓮』(1907年)と何が違う?
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本作は、池と橋を一つの風景として描いています。このあとモネの興味は、時間や天候で変わる光が水面におよぼす効果へ移っていきました。1907年の『睡蓮』では橋も岸も消え、水面だけが描かれています。
クロード・モネのほかの作品
《印象・日の出》 《セーヌ河の日没、冬》 《エトルタの浜辺の漁船》 《日傘の女》 《べリールの岩場、ポール=ドモワ》 《ルーアン大聖堂》 《ルーアン大聖堂》 《国会議事堂、バラ色のシンフォニー》 《睡蓮》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



