泉による女

ピエール=オーギュスト・ルノワール《泉による女》1914年
泉による女Woman by Spring
1914年
油彩、カンヴァス、92.5 × 73.7 cm
大原美術館(倉敷)

この作品のデータ

作者ピエール=オーギュスト・ルノワール同じ作家の作品 12点
制作年1914年
時代印象派以後同じ時代の作品 105点
様式—
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵大原美術館倉敷同じ所蔵の作品 4点
有名度★★★
展覧会わたしたちのルノワール ー日本が恋した永遠のほほえみ大分県立美術館(大分県)2026年11月23日(月)〜2027年1月17日(日)これから
何がすごいのか

この裸婦は、日本の洋画家満谷国四郎の依頼で制作され、日本へ持ち帰られたルノワールの作品です。描かれたのは1914年です。ルノワールは1900年代から、関節リウマチなどの重い持病を抱えていました。いまは倉敷の大原美術館が所蔵しています。

見どころ

髪に触れる手

女性は左手を上げて赤みがかった髪に触れ、顔を伏せて手元を見下ろしています。背景の木々や草むらも、肌と同じ暖かい色で塗られています。

手元に落ちる水

画面の右側には、細い水の筋が上から落ちています。女性はその水の下に右手を差し出しています。

腰を覆う白い布

腰から下は、白い布で覆われています。白に青や灰色の筆を重ね、布のしわや重なりを描いています。

ルノワールが日本に届くまで

日本に初めてルノワールの作品が入ったのは1890年代です。買い手は、ヨーロッパで活躍した美術商の林忠正だったとされています。

1900年代、ルノワールは画家としての地位をすでに確立していました。その作品は、フランスに留学してルノワールに傾倒した梅原龍三郎や山下新太郎らの画家、ヨーロッパの美術を日本に紹介しようとした松方幸次郎らの実業家によって日本へ運ばれます。本作も、洋画家の満谷国四郎(1874〜1936)を通じて日本に来た1点です。

満谷国四郎と大原孫三郎

満谷は、倉敷の実業家大原孫三郎(1880〜1943)に進言して、ルノワールの作品を買い求めました。本作は満谷の依頼で制作された作品です。

大原孫三郎は友人の画家・児島虎次郎の才能を高く買い、3度の渡欧を後押ししました。児島がヨーロッパで選んだ作品などをもとに、1930年に大原美術館が開館しています。同じルノワールでも、箱根のポーラ美術館にある『レースの帽子の少女』は、23年前の1891年に描かれた少女の肖像です。

読んだらクイズ

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よくある疑問

『泉による女』はどこにある?

岡山県倉敷市の大原美術館が所蔵しています。展示中かどうかは、時期によって変わることがあります。館外へ貸し出されている作品は、同館のウェブサイトの「現在貸出中の作品」で確かめられます。

なぜ日本にある?

洋画家の満谷国四郎がルノワールに制作を依頼し、日本へ持ち帰ったためです。満谷は実業家の大原孫三郎に進言して、ルノワールの作品を買い求めていました。

大原美術館はどんな美術館?

1930年に大原孫三郎が設立した、日本で最初の西洋美術中心の私立美術館です。前年に亡くなった画家の児島虎次郎を記念して建てられました。

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ピエール=オーギュスト・ルノワールのほかの作品

《パリ、トリニテ広場》 《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》 《舟遊びをする人々の昼食》 《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢》 《麦わら帽子を被った女》 《髪かざり》 《レースの帽子の少女》 《ピアノに寄る少女たち》 《縫物をするジャン・ルノワール》 《三人の浴女》 《浴女たち》

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