
この作品のデータ
| 作者 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 同じ作家の作品 14点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1888年5月 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ヴァルラフ=リヒャルツ美術館ケルン | |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵名古屋市美術館(愛知県)2026年9月19日(土)〜11月29日(日) | 開催中 |
赤外線で調べると、この絵の絵具の下から鉛筆で引いた格子が見つかりました。ゴッホが自作の「遠近法の枠」を画布に写した跡です。アルルの跳ね橋は10点の連作になっていますが、そのなかで傘をさした女性が橋を渡っているのが、ケルンにあるこの1枚です。
絵を見て作者を当てる練習は、名画クイズ(iPhone アプリ)でできます。
見どころ
傘をさして渡る女性
橋の中央を、傘をさした女性が渡っています。ゴッホは空と水を先に塗り、人物や家の場所は塗り残しました。ところがこの女性だけは厚く塗った水色の絵具の上に描かれていて、浮き彫りのように盛り上がっています。
色を塗らなかった馬
女性の前を、橋を渡り終えたばかりの馬車が進みます。下描きの茶色いインクの線が輪郭として残っていて、馬車を引く馬には絵具がまったく重ねられていません。
引っかいて描いた石積み
橋台の石積みは、乾く前の絵具を筆の柄か金具で引っかいて表しています。全体は濡れた絵具に次の色を重ねる描き方で手早く塗られ、1〜2回の作業で仕上げたと考えられています。
浮世絵に重なった南仏の橋
橋の正式な名前は「レジネル橋」でした。橋の番人の名をとって、ラングロワ橋と呼ばれていました。19世紀前半に、地中海へ通じる運河網の一部として架けられた二重はね上げ式の跳ね橋です。
ゴッホはこの橋を見て、歌川広重の『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』を思い出しました。友人の画家エミール・ベルナールへの手紙には、浮世絵の芸術はフランスで受け継がれていると書いています。色を平らな面に分け、輪郭線をくっきり引く描き方は、浮世絵から学んだものです。同じアルルで描いた作品には『ファンゴッホの寝室』があります。
赤外線で見えた三段階の下準備
所蔵館は2005年に、この絵を赤外線やX線で調べました。すると絵具の下から、3段階の下準備が見つかりました。最初は、ゴッホが「遠近法の枠」と呼んだ木枠の輪郭を鉛筆で写した格子です。次が鉛筆での下描きで、最後に茶色いインクで橋や家、糸杉、人物をていねいに描いています。
枠は画家と景色のあいだに立てて使う道具なので、屋外で描いた手がかりにもなります。ただし報告書は、この絵では遠近法を正確にとるためではなく、下描きを写すための目安に使われたとみています。右岸の近くには、桟橋か小舟のような鉛筆の線もありますが、色を塗る段階で描かれませんでした。
2度の修復と色の変化
この絵は1949年と1961年に修復され、1961年には裏から新しい布で補強されました。画布はフランスの規格サイズ「P15」で、網目のように細かい練習用の布によく似ています。白い下地には赤い透明な粒が混じっていて、もとはうっすら桃色だった可能性があると報告書は指摘しています。署名と日付は入っていません。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

色を塗らなかった馬女性の前を、橋を渡り終えたばかりの馬車が進みます。下描きの茶色いインクの線が輪郭として残っていて、馬車を引く馬には絵具がまったく重ねられていません。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『跳ね橋』はどこにある?
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ドイツ・ケルンのヴァルラフ=リヒャルツ美術館が所蔵しています。所蔵番号はWRM 1197です。ゴッホは同じ橋を何度も描いているので、ほかの美術館にある『跳ね橋』とは別の作品です。
- ゴッホの『跳ね橋』は何枚ある?
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所蔵館の調査報告では、1888年の春に油彩・水彩・素描あわせて10点が描かれたとしています。油彩には、川岸で洗濯する女性たちを描いたクレラー=ミュラー美術館の作品や、運河沿いの道を描いたファン・ゴッホ美術館の作品があります。数え方は研究者によって違い、英語版Wikipediaは油彩4点、水彩1点、素描4点としています。
- ほかの『跳ね橋』と何が違う?
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クレラー=ミュラー美術館の作品は、小さな黄色い荷車と岸で洗濯する女性たちが主役です。ファン・ゴッホ美術館の作品は、手前の道が斜めに奥へのびています。ケルンの作品は、馬車のあとを傘をさした女性が渡り、左に2本の糸杉、右に白い家が立っています。
- この橋は今もある?
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ゴッホが描いた橋は残っていません。1930年に鉄筋コンクリートの橋に架け替えられ、その橋も1944年に撤退するドイツ軍が爆破しました。いまアルル近郊で「ファン・ゴッホ橋」と呼ばれているのは、フォスの町にあった同じ型の橋を移したものです。
フィンセント・ファン・ゴッホのほかの作品
《ジャガイモを食べる人々》 《モンマルトルの風車》 《自画像》 《タンギー爺さん》 《ひまわり》 《夜のカフェテラス》 《ファンゴッホの寝室》 《赤い葡萄畑》 《ローヌ川の星月夜》 《星月夜》 《花咲くアーモンドの木の枝》 《ポプラ林の中の二人》
出典・画像について
- ヴァルラフ=リヒャルツ美術館 研究報告「Die Zugbrücke(Pont de Langlois)」技法と状態(2008年)
- Langlois Bridge at Arles(英語版Wikipedia)
- Wikidata Q26221153
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



