
この作品のデータ
| 作者 | 歌川広重 | 同じ作家の作品 6点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1857年9月 | |
| 時代 | 日本・近世まで | 同じ時代の作品 42点 |
| 様式 | 浮世絵 | 同じ様式の作品 12点 |
| 種別 | 浮世絵 | |
| 技法・素材 | 多色摺木版画(大判錦絵) | |
| 所蔵 | ブルックリン美術館ニューヨーク | 同じ所蔵の作品 3点 |
| 有名度 | ★★★名画クイズの無料の54点に収録 |
雨を直線で描くという手法は、当時としては斬新なものでした。この絵を、ゴッホが模写しています。描かれている『大はし』は、現在の新大橋より100メートルほど下流にあったと推定されています。
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見どころ
直線で描かれた雨
画面全体に、雨を表す無数の直線が引かれています。遠景がぼやけるほどの激しい夕立を、斜めの線だけで表現する手法は当時では斬新でした。
橋を渡る人々
隅田川にかかる『大はし』を、夕立に降られながら渡る人々が描かれています。傘をさす者や走る者など、それぞれ異なる姿で雨をしのいでいます。西岸から東を望む構図で描かれています。
対岸の『あたけ』
対岸には木材が並ぶ川岸が見えます。かつて江戸幕府の御座船『安宅丸』が繋留されていた場所で、船が解体された後も『あたけ』の名で呼ばれ続けました。
日本橋と深川を結んだ橋
『大はし』は、日本橋の浜町から深川六間堀の方にかかっていた新大橋のことです。橋の東岸は現在の東京都江東区新大橋にあたり、かつてこの一帯には江戸幕府の御座船・安宅丸が繋留されていました。船が解体されたのちも、一帯を指して『あたけ』の名が使われ続けています。
よく売れた代表作
『名所江戸百景』は歌川広重による名所浮世絵の揃物で、本図はその第52景にあたります。数ある図の中でも『深川洲崎十万坪』『王子装束ゑの木 大晦日の狐火』と並んでよく売れ、広重の代表作の一つに数えられています。
オランダの画家ゴッホも、『亀戸梅屋舗』とともにこの絵を油彩で模写しています。19世紀のヨーロッパで浮世絵の人気が高まった『ジャポニスム』を象徴する事例のひとつです。1857年9月に制作された、37×25cmの多色摺木版画です。
よくある疑問
- 『大はしあたけの夕立』はどこにある?
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アメリカのブルックリン美術館が所蔵しています。版画のため、ほかの美術館にも同じ図柄の作品が所蔵されています。名所江戸百景の第52景にあたる、37×25cmの多色摺木版画です。
- 『大はし』とはどこの橋?
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隅田川にかかっていた『新大橋』のことです。当時の橋は、現在の新大橋よりおよそ100メートル下流に架けられていたと推定されています。
- 『あたけ』とは何のこと?
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対岸にあった地名です。かつて江戸幕府の御座船『安宅丸』が繋留されており、船の解体後もこの一帯は『あたけ』と呼ばれ続けました。
- ゴッホと関係がある?
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はい。ゴッホはこの絵と、同じ『名所江戸百景』の中の『亀戸梅屋舗』を油彩で模写しています。19世紀ヨーロッパで浮世絵が流行した『ジャポニスム』を代表する事例のひとつです。
歌川広重のほかの作品
《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》 《東都名所 日本橋之白雨》 《木曽海道六拾九次之内 洗馬》 《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》 《名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣》
出典・画像について
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