
手前に大きく張り出す梅の枝は、「臥竜梅」と呼ばれた名木で、地面を這うように伸び50平方フィートにも広がっていたといいます。ゴッホは1887年、この絵をほぼそのまま模写して油絵に仕立てました。縦長の構図は、当時の風景版画としては異例でした。
見どころ
画面を横切る梅の枝
手前に大きく張り出した「臥竜梅」の太い枝が、額縁のように画面を切り取っています。書道の一筆書きを思わせる、抽象的な構図です。
垣根の向こうの見物人
枝の隙間から、低い垣根越しに梅の木を眺める小さな人物たちが見えます。奥にはさらに別の木々も配置されています。
空を染める不自然な赤
背景の空は現実にはありえない赤色で塗られ、奥行きを平坦に見せる効果を生んでいます。手前の枝を誇張して大きく描く、広重独特の遠近法とあわせて使われています。
地震からの復興を描いたシリーズ
『名所江戸百景』は、1855年の安政江戸地震とその後の火災からまもなく制作が始まったシリーズです。新しく建て直された建物が数多く描かれ、江戸の人々に復興の様子を伝える役割もあったと考えられています。
縦長という異例の選択
それまでの風景版画は横長の構図が一般的でしたが、このシリーズは縦長の構図を採用しました。伝統からの逸脱でしたが、当時の観客には好評だったといいます。
よくある疑問
- 『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』はどこにある?
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版画のため単一の原本はなく、ブルックリン美術館やチェスター・ビーティ図書館など複数の美術館・図書館が所蔵しています。
- なぜゴッホと関係があるの?
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浮世絵の収集家だったゴッホは、この絵を含む『名所江戸百景』の2点を1887年に模写しました。輪郭を強調した色面や斜めの構図など、広重の表現を自分の作品に取り入れようとしています。
- 「亀戸梅屋舗」とはどんな場所?
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隅田川近くの亀戸にあった梅園「梅屋敷」のことです。描かれた木は「臥竜梅」と呼ばれ、地面を這うように伸びた枝が竜のように見えることからその名がつきました。
- このシリーズはどんな作品?
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『名所江戸百景』は歌川広重が手がけた119点からなる連作で、江戸の名所を描いています。1856年から1859年にかけて制作され、広重が1858年に亡くなったあとは二代目広重が完成させました。
基本データ
- 作者
- 歌川広重Utagawa Hiroshige
- 制作年
- 1857年11月
- 種別
- 浮世絵
- 技法・素材
- 多色摺木版画
- 寸法
- 約37 × 25 cm(摺りにより異なる)
- 所蔵
- ブルックリン美術館ほか(版画のため各地に現存)
- 展示室
- 日本・近世まで
歌川広重のほかの作品
《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》 《東都名所 日本橋之白雨》 《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》
出典・画像について
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