
「日本橋之白雨」は、歌川広重の連作『東都名所』のうちの一枚です。日本橋、雨、和傘、遠景の富士山が描かれているとされ、広重は生涯を通じて江戸の名所を描き続けました。最晩年の連作『名所江戸百景』でも、日本橋を主題にした図が別に残されています。
見どころ
『東都名所』の一図
日本橋を舞台に、にわか雨(白雨)にみまわれた人々の様子が描かれているとされます。画中には和傘や遠景の富士山が含まれているとされています。
繰り返し描かれた日本橋
広重は日本橋をたびたび主題にしています。最晩年の連作『名所江戸百景』にも「日本橋雪晴」「日本橋江戸ばし」という、別の日本橋を描いた図が含まれています。
白雨(にわか雨)という画題
白雨とは夏の突然の夕立を指す言葉です。のちの『名所江戸百景』に収められた「大はしあたけの夕立」も同様に突然の雨を描いた図で、ゴッホが模写したことでも知られています。
生涯描き続けた江戸の名所
歌川広重は、江戸の名所を主題にした作品を生涯にわたって手がけました。最晩年に取り組んだ連作『名所江戸百景』は、安政3年(1856年)2月から死の直前の同5年(1858年)10月まで制作が続けられた代表作で、完成を待たず広重は世を去り、二代広重の補筆を経て刊行されています。
西洋の画家にも影響を与えた名所絵
『名所江戸百景』は当時の江戸で大きな人気を博し、どの図も1万から1万5千部もの後摺りを要したと伝えられています。「大はしあたけの夕立」や「亀戸梅屋舗」はゴッホが模写したことで知られ、「京橋竹河岸」に触発されたホイッスラーの作品もあるなど、広重の江戸名所絵は西洋の画家にも影響を与えました。日本橋を舞台にした画題は、広重にとって生涯を通じて繰り返し取り上げる主題のひとつでした。
よくある疑問
- 『日本橋之白雨』はどこにある?
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ニューヨークのブルックリン美術館の所蔵です。
- 白雨とは何のこと?
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夏の空が急に曇って降り出す、突然の夕立やにわか雨を指す言葉です。江戸時代の浮世絵にはこの一瞬の情景を主題にした作品がたびたび見られます。
- 『東都名所』とはどんなシリーズ?
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歌川広重が手がけた、江戸の名所を描く連作浮世絵のひとつです。広重は生涯にわたって江戸の名所を繰り返し描いており、代表作である最晩年の『名所江戸百景』でも同じ主題への関心が引き継がれています。
- 『名所江戸百景』とは違う作品?
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はい、別の連作です。『名所江戸百景』は広重が安政3年(1856年)から死の直前まで手がけた最晩年の代表作で、死後は二代広重の補筆を経て完成しました。日本橋之白雨が含まれる『東都名所』は、これとは別の連作です。
基本データ
歌川広重のほかの作品
《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》 《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》 《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル