
この作品のデータ
| 作者 | 喜多川歌麿 | 同じ作家の作品 2点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1793年頃 | |
| 時代 | 日本・近世まで | 同じ時代の作品 42点 |
| 様式 | 浮世絵 | 同じ様式の作品 12点 |
| 種別 | 浮世絵 | |
| 技法・素材 | 多色摺木版画(大判錦絵) | |
| 所蔵 | — | |
| 有名度 | ★★★名画クイズで出題(全作品の解放) |
描かれた3人は空想の美女ではなく、寛政年間の江戸で実際に評判だった女性たちです。歌麿は当時の浮世絵では珍しく、目や眉、鼻のわずかな違いで3人の顔を描き分けました。判別のため、それぞれの着物には識別用の家紋も描かれています。
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見どころ
団扇を持つ難波屋おきた
右下の女性は難波屋おきたです。浅草の水茶屋・難波屋の看板娘で、手にした団扇には、おきたを示す桐の紋が入っています。
上に描かれた富本豊雛
画面の上には、富本節の芸者・富本豊雛がいます。着物の袖には桜草の紋が入っています。同じ歌麿風の顔立ちでも、目や眉のわずかな違いで他の2人と描き分けられています。
手ぬぐいを肩にかけた高島屋おひさ
左下の女性は高島屋おひさです。両国の煎餅屋・高島屋の娘で、左肩に手ぬぐいをかけ、着物には三つ柏の紋が入っています。歌麿はこの3人を、ほかの作品でも繰り返し描きました。
実在した3人の評判美女
寛政三美人とも当時三美人とも呼ばれる本作は、江戸時代の浮世絵師・喜多川歌麿による美人画で、彼の代表作の1つです。当時「寛政の三美人」として人気だった富本豊雛、難波屋おきた、高島屋おひさの3人を描いています。歌麿は1790年代の美人画を代表する浮世絵師であり、大首絵で知られていました。この3人は歌麿の肖像画の題材として繰り返し登場しています。
型を破った描き分け
肖像画は理想化されており、写実性を高くしすぎない一見似た歌麿風の顔立ちでありながら、目や眉、鼻のわずかな違いで3人を描き分けています。これは当時の浮世絵としては異例の写実性であり、鈴木春信や鳥居清長など過去の巨匠による型にはまった美人画とは対照的なものでした。モデルの各人には、識別のための家紋も描かれています。
流行となった構図
本作は蔦屋重三郎により出版され、色ごとに分けられた多くの木版によって刷られ、背景には白雲母がちりばめられてきらめく効果が生まれました。非常に人気があったと考えられ、3人の配置は1790年代の流行となりました。歌麿は同じ美人3人の同じ配置を、その後もいくつかの絵に繰り返し描いています。
よくある疑問
- 『当時三美人』はどこにある?
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木版画のため原本は一点ではなく、江戸時代に刷られた複数の摺りが現在に伝わっています。具体的な所蔵先は摺りごとに異なり、国内外の美術館やコレクションに分蔵されています。
- 描かれている3人は誰?
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左が高島屋おひさ、上が富本豊雛、右下が難波屋おきたです。3人とも寛政年間の江戸で評判だった実在の女性で、歌麿の肖像画の題材として繰り返し登場しました。
- なぜ3人を描き分けた?
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肖像画は理想化されており、写実性を高くしすぎず一見して歌麿風の似た顔に見えますが、顔立ちや表情、目や眉、鼻のわずかな違いで3人を描き分けています。これは当時の浮世絵としては異例の写実性で、鈴木春信や鳥居清長など過去の巨匠による型にはまった美人画とは対照的でした。
- 本物はどれ?
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版画のため、単一の「本物」は存在しません。色ごとに分けられた多くの木版で刷られ、背景には白雲母がちりばめられてきらめく効果が生まれています。当時非常に人気があったと考えられ、複数の摺りが今に伝わっています。
喜多川歌麿のほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル
