ドミニク・アングル《泉》1820〜1856年
ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingres
The Source
1820〜1856年
油彩、カンヴァス、163 × 80 cm
オルセー美術館(パリ)
何がすごいのか

アングルはこの絵を1820年に描き始め、完成させたのは76歳になった1856年でした。実に36年がかりの制作です。モデルを務めたのは、アングルが住む集合住宅の16歳ほどの若い管理人の娘でした。

見どころ

泉を擬人化した女性像

岩の割れ目に立つ裸婦の姿で、水源や泉が擬人化されています。西洋古典学ではムーサに仕える存在とされ、詩的な着想の源とも解釈されてきました。

水壺を支える手

彼女の手は水壺を支えており、そこから水が絶えず流れ落ちています。この水が川となって彼女と鑑賞者を隔てる境界線を生み出しているとも解釈されています。

花とヘデラに囲まれて

彼女は2つの花の間に立っており、これらは男性への脆弱性を示すとされています。周りを縁取るヘデラは、騒乱と再生の神ディオニューソスを象徴する植物です。

36年をかけた1枚

アングルは『泉』をフィレンツェ滞在中の1820年頃から手がけ始め、1856年に完成させました。この間、アングルの名声はすでに確立し、エコール・デ・ボザールの学長を務めるまでになっていました。制作を助けたのは2人の弟子、画家のポール・バルズとアレクサンドル・デゴッフで、背景と水壺を描くのを手伝いました。

彫刻からの着想

壺を持つ女性像のイメージは、ジャン・グージョンによる彫刻「イノサンの泉」のレリーフ、あるいはシュリー館のレリーフ彫刻に由来すると考えられています。裸婦のポーズは、アングル自身の絵画『海から上がるヴィーナス』や、古代彫刻『クニドスのアプロディテ』としばしば比較されます。

熱狂的に迎えられた個展

1856年にアトリエで開かれた個展で初めて展示されると、作品は特に高踏派の詩人や文学者たちから熱狂的な称賛を受けました。翌1857年、政治家タンギー・デュシャテルが25,000フランを支払って購入し、1878年に政府が取得してルーヴル美術館に収められました。1986年にオルセー美術館へ移り、以後たびたび展示されています。

よくある疑問

『泉』はどこにある?

パリのオルセー美術館の所蔵です。1857年に政治家タンギー・デュシャテルが25,000フランで購入し、1878年に政府が取得してルーヴル美術館へ、1986年にオルセー美術館へ移されました。

完成までどれくらいかかった?

36年です。フィレンツェ時代の1820年頃に制作が始まり、完成した1856年、アングルは76歳に達していました。すでに名声は確立し、エコール・デ・ボザールの学長を務めていた時期です。

モデルは誰?

アングルが住む集合住宅の管理人の若い娘がモデルを務めました。小説家ジョージ・ムーアは1886年の著書で、モデルが後に病院で死んだことに触れ、この絵の代償について皮肉を書き残しています。

発表時の評判は?

1856年にアングルのアトリエで開かれた個展で初公開されると、熱狂的に受け入れられました。詩人テオフィル・ゴーティエやテオドール・ド・バンヴィルが詩の中でこの絵を称賛しています。

基本データ

作者
ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingres
制作年
1820〜1856年
種別
絵画
技法・素材
油彩、カンヴァス
寸法
163 × 80 cm
様式
新古典主義
所蔵
オルセー美術館(パリ)
展示室
近代

ドミニク・アングルのほかの作品

《グランド・オダリスク》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!