
普通の田舎の葬式に、50人ほどの実在の住民たちがモデルとして描かれています。それまで歴史画は英雄や聖人を描くための形式でしたが、クールベは無名の田舎者の死をその大きさで描き、批評家から「これほどひどく人物を描くことが可能なのか」と酷評されました。
見どころ
戯画的な参列者の表情
クールベは参列者の悲しみを大げさな身振りでは描かず、表情を高貴に整えることもしませんでした。批評家からは「戯画的」だと非難されています。
実在の住民という証拠
描かれた50人ほどの人物は、実際にこの葬儀に参列した町の人々がモデルになっています。俳優ではなく本人たちの姿がそのまま写し取られました。
歴史画に迫る巨大さ
画面は縦315cm、横668cmという歴史画に匹敵する大きさです。無名の田舎の埋葬にこれほどの規模を与えたこと自体が、当時は衝撃的でした。
実在の人々を描いた埋葬
1848年9月、クールベの故郷オルナンで大おじの葬儀が行われました。本作はそのときの様子をもとにしていて、およそ50人の参列者が、実際に葬儀に出席した本人たちの姿で描かれています。1848年革命の直後、熱烈な共和主義者だったクールベは、無名の田舎者の死も歴史画として成り立つという主張を込めてこの絵を描きました。
歴史画の伝統への挑戦
歴史画のような巨大な画面は、それまで英雄や神話、宗教の場面のために使われてきました。クールベはこの形式を無名の田舎の埋葬に用い、感傷的な身振りも高貴な表情も排して、ありのままの参列者を描いています。美術史家サラ・ファウンスは、本作を「優雅な宴会に汚れた長靴で入ってくるような」作品だったと評しています。
サロンでの騒動とその後
1850年から51年のサロンで発表されると、本作は賞賛と激しい非難を同時に呼びました。批評家からは参列者の描写を戯画的だと非難する声が相次ぎ、1855年の万国博覧会では展示を拒否されています。クールベは自分でパビリオンを建て、絵を展示しました。クールベ自身は本作を「ロマン主義の埋葬」と呼びましたが、1873年には態度を変え、この絵には「何の価値もない」と述べています。
よくある疑問
- 『オルナンの埋葬』はどこにある?
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パリのオルセー美術館の所蔵です。
- 誰の葬式が描かれている?
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1848年9月に、クールベの故郷オルナンで行われた画家の大おじの葬儀です。実際に参列した町の人々およそ50人が、そのままモデルとして描かれています。
- なぜ批判された?
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無名の田舎者の葬式を、歴史画に匹敵する巨大な画面で描いたためです。それまで歴史画のような大画面は英雄や聖人を描くためのものとされ、批評家たちは参列者の姿を「卑劣な戯画」と酷評しました。
- サロン以外で展示された?
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非難が広がったため、1855年の万国博覧会では展示を拒まれました。クールベは自費でパビリオンを設け、本作を含む40点の絵画を独自に展示しています。
基本データ
- 作者
- ギュスターヴ・クールベGustave Courbet
- 制作年
- 1849〜1850年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 315 × 668 cm
- 様式
- 写実主義
- 所蔵
- オルセー美術館(パリ)
- 展示室
- 近代
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル