
この作品のデータ
| 作者 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 同じ作家の作品 14点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1886年 | |
| 時代 | 印象派以後 | 同じ時代の作品 105点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | アーティゾン美術館東京 | 同じ所蔵の作品 6点 |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | “カフェ”に集う芸術家 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまでひろしま美術館(広島県)2026年10月3日(土)〜2027年1月11日(月) | 開催中 |
パリに出てきたゴッホが、弟テオと暮らし始めた部屋のすぐ近くに、ダンス場の目印になっていた風車がありました。本作はその風車をダンス場の裏手から見た眺めです。それまでのオランダ時代の作品には見られない、明るい色が使われています。
絵を見て作者を当てる練習は、名画クイズ(iPhone アプリ)でできます。
見どころ
旗を掲げた風車
画面の中ほどに、羽根を広げた木造の風車が立っています。屋根の上には、フランスの三色旗がひるがえっています。
右奥のもう一つの風車
右の奥には、もう一つ小さな風車が見えます。当時、モンマルトルの丘に残っていた風車は3基だけでした。
右下の署名
右下の地面に、赤い絵の具で「Vincent」と名前が書き込まれています。左手前の庭に咲く花にも、同じような赤が使われています。
テオと始めたパリの暮らし
1886年の早春、ゴッホはベルギーのアントウェルペンを離れてパリに着きました。画商をしていた弟テオと、モンマルトルの丘の中腹に新しいアパルトマンを借りて同居を始めます。二人が住んだのはルピック通りで、ダンス場の風車はそのすぐ近くにありました。
ゴッホはこの風車を、さまざまな角度から繰り返し描いています。アーティゾン美術館は、風車が故郷オランダを思い起こさせるものだったと説明しています。
華やかな都会の裏側
丘の上の風車はパリを見渡せる眺めでも知られ、持ち主はそこに見晴らし台とダンス場を設けました。そこに集まる人びとの楽しげな様子は、ルノワールが1876年の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』に描いています。
ゴッホが選んだのは、にぎわう表側ではなく、板塀や畑の並ぶ裏手の眺めでした。アーティゾン美術館はこの絵に、華やかな都会の裏側のもの悲しさがうかがえると書いています。それでも空や花の色は明るく、パリに来てからの画風の変化が表れた1点です。
読んだらクイズ
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右奥のもう一つの風車右の奥には、もう一つ小さな風車が見えます。当時、モンマルトルの丘に残っていた風車は3基だけでした。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『モンマルトルの風車』はどこにある?
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東京・中央区のアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)が所蔵しています。公益財団法人石橋財団のコレクションの1点です。
- 描かれている風車は何?
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モンマルトルの丘にあったダンス場「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」のシンボルの風車です。この風車はもともと「ブリュット=ファン」と呼ばれ、1622年に建てられました。ゴッホ作品の目録では、本作は『ブリュット=ファンの風車』の題でも載っています。
- ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』と同じ場所?
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同じダンス場です。ルノワールはおよそ10年前、にぎやかな舞踏会そのものを描きました。ゴッホの本作はダンス場の裏手から風車を見た風景で、人の姿はほとんどなく、ずっと静かな画面になっています。
フィンセント・ファン・ゴッホのほかの作品
《ジャガイモを食べる人々》 《自画像》 《タンギー爺さん》 《ひまわり》 《夜のカフェテラス》 《ファンゴッホの寝室》 《赤い葡萄畑》 《ローヌ川の星月夜》 《跳ね橋》 《星月夜》 《花咲くアーモンドの木の枝》 《ポプラ林の中の二人》



