
この作品のデータ
| 作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ | 同じ作家の作品 9点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1490〜1496年 | |
| 時代 | ルネサンス | 同じ時代の作品 58点 |
| 様式 | 盛期ルネサンス | 同じ様式の作品 22点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、板 | |
| 所蔵 | ルーヴル美術館パリ | 同じ所蔵の作品 26点 |
| 有名度 | ★★★ | |
| 展覧会 | ルーヴル美術館展 ルネサンス国立新美術館(東京都)2026年9月9日(水)〜12月13日(日) | 開催中 |
題名を直訳すると「美しきフェロニエール」、つまり「美しき金物商」です。17世紀初めには、モデルは金物商の妻か娘だと考えられていました。実際に誰を描いたのかはいまもわかっていません。日本ではかつて『ミラノの貴婦人の肖像』と呼ばれていました。
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見どころ
額に光る金細工
額を横切る細い紐の中央に、小さな宝石が留められています。この髪飾りは「フェロニエール」と呼ばれ、題名はこの飾りから来たとする説もあります。
三連の首飾り
首には、黒い玉を交互に並べた首飾りが三重に掛けられています。黒と白の取り合わせはオコジョの色を、三連はモデルの三度の妊娠を表すのかもしれない、という解釈があります。モデルをベアトリーチェ・デステとみる説に結びつく読み方です。
リボンで結んだ袖
赤い衣装の肩と袖は、いくつものリボンで結び留められています。ウフィツィ美術館の素描にはベアトリーチェ・デステを描いたとされるものがあり、この絵との共通点は衣装と装身具にいちばん強く表れています。
二つの絵に付いた同じ名前
「ベル・フェロニエール」は、フランス王フランソワ1世の愛人として知られたル・フェロンの遠回しな呼び名でもありました。題名には、この女性をほのめかす意味も込められていたといわれます。
同じ呼び名は、レオナルドの別の肖像画『白貂を抱く貴婦人』にも使われていました。ポーランドのチャルトリスキ家が所蔵していた時期のことです。どちらの女性も額に同じ形の髪飾りをつけていたため、2枚はしばしば混同されました。
「模写」をめぐる裁判
この絵には、キャンバスに描かれた別のヴァージョンがあります。所有者のアーン夫人はこれを本物としてカンザスシティ美術研究所に持ち込みました。画商ジョゼフ・デュヴィーンは写真を見て模写だと判定し、1920年に『ニューヨーク・ワールド』紙がその見解を載せました。
アーン夫人は財産への中傷だとしてデュヴィーンを訴えました。ベレンソンやロジャー・フライといった鑑定家が関わり、ルーヴルでは2枚を並べて見比べる検分も行われました。裁判は、レオナルドも鑑定術も知らない陪審員の前で審理されました。最後は6万ドルの和解金と多額の訴訟費用を払う形で決着しています。
アーン家の絵はその後、数十年にわたってオマハの金庫に眠っていました。2010年1月28日、サザビーズが「おそらく1750年以前のレオナルドの追随者」の作として競売にかけました。落札額は予想の3倍にあたる150万ドルで、買い手はアメリカのコレクターとしかわかっていません。19世紀の複製画は、フランスのシャンベリ美術館にも残っています。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

三連の首飾り首には、黒い玉を交互に並べた首飾りが三重に掛けられています。黒と白の取り合わせはオコジョの色を、三連はモデルの三度の妊娠を表すのかもしれない、という解釈があります。モデルをベアトリーチェ・デステとみる説に結びつく読み方です。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『ラ・ベル・フェロニエール』はどこにある?
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パリのルーヴル美術館が所蔵しています。フランス革命の前からフランス王室のコレクションにあり、革命前の王室目録にもこの絵が記されています。
- 『ミラノの貴婦人の肖像』と同じ作品?
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同じ作品です。日本ではかつて『ミラノの貴婦人の肖像』という題で呼ばれていました。英語圏では『見知らぬ女性の肖像』という呼び名もあります。
- モデルは誰?
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わかっていません。2011〜2012年にロンドンのナショナル・ギャラリーが開いたレオナルド展では、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの妃ベアトリーチェ・デステの可能性を示しました。それ以前は、公の愛人ルクレツィア・クリヴェッリとする説が知られていました。
- 本当にレオナルドが描いた?
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レオナルド作とするのが一般的ですが、異論もあります。ルーヴル美術館は、ミラノ時代のレオナルドに影響を受けた近しい画家の作品である可能性も示しています。美術史家ベレンソンはベルナルディーノ・デ・コンティの作としました。ボルトラッフィオ説を唱えたハーバート・クックは、レオナルド本人の筆致を認めて1904年に自説を撤回しています。
レオナルド・ダ・ヴィンチのほかの作品
《受胎告知》 《岩窟の聖母》 《最後の晩餐》 《白貂を抱く貴婦人》 《ウィトルウィウス的人体図》 《サルバトール・ムンディ》 《モナ・リザ》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



