白貂を抱く貴婦人

レオナルド・ダ・ヴィンチ《白貂を抱く貴婦人》1489〜1490年頃
白貂を抱く貴婦人Lady with an Ermine
1489〜1490年頃
油彩、54.8 × 40.3 cm
チャルトリスキ美術館(クラクフ)
何がすごいのか

実はこの絵に描かれている動物は白貂ではなく白い被毛のフェレットです。第二次世界大戦中にナチスに奪われ、ポーランド総督ハンス・フランクが自分の執務室に飾るため要求しました。戦後、連合国兵士がフランクの自宅で無事に発見し、ポーランドへ返還されています。

見どころ

振り返る横顔

チェチーリアが誰かに呼ばれて振り返った瞬間をとらえた構図です。宮廷詩人ベルナルド・ベリンチオーニは、まるで誰かに話しかけられ聞き入っているようだと表現しました。

精緻に描かれた指

爪、関節のしわ、曲げた指の腱の輪郭まで描き込まれた手は、レオナルドが人体構造の表現に熟練していたことを示しています。

白貂か、それとも

胸に抱かれた白い毛皮の動物は、実際には白貂ではなくフェレットとされています。毛皮の清浄さは高潔さの象徴であり、ルドヴィーコ個人を表す紋章でもありました。

レオナルドが残した4枚のうちの1枚

レオナルドが一人の女性を描いた肖像画は、現存するものがわずか4作品しかありません。ルーヴル美術館の『モナ・リザ』、ワシントンの『ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像』、この『白貂を抱く貴婦人』のほか、ルーヴル所蔵の作品が挙げられます。レオナルドの現存作品は保存状態のよくないものが多く、この絵も表面が摩滅し、画面左上の角部分に損壊があります。

黒く塗りつぶされた背景

現在の黒い背景は、オリジナルから変更されたものです。描かれている女性がかぶっていた透明なヴェールも、後世に大げさな髪型へ描き直されています。X線や顕微鏡による調査では、ヴェロッキオの工房で習得した滲み止めのチャコールを用いた下絵の技法が確認されています。

確信を持った公爵家の購入

この絵には所有者の記録が残っておらず、レオナルドの作品かどうか確認されたことはありませんでした。しかし1798年に購入したアダム・イエジィ・チャルトリスキは、ルーヴル所蔵の類似作品と見比べ、同じモデルを描いた作品だと確信していたといわれています。

よくある疑問

『白貂を抱く貴婦人』はどこにある?

ポーランド・クラクフのチャルトリスキ美術館が所蔵しています。第二次世界大戦中にナチスに奪われましたが、戦後ポーランドに返還され、同館に展示されています。

モデルは誰?

ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾だったチェチーリア・ガッレラーニとされています。1484年、スフォルツァ城でレオナルドと出会ったとき、彼女はまだ17歳でした。

抱いているのは本当に白貂?

正確には白貂(オコジョの冬毛)ではなく、白い被毛を持つフェレットです。毛皮の清浄さは高潔さを象徴し、シロテンはギリシア語で「galay」と読み、チェチーリアの姓「Gallerani」との語呂合わせにもなっています。

戦争でどんな目に遭った?

1830年のポーランド独立蜂起の際には、ロシア軍の侵攻から守るため隠されドレスデンへ送られました。1939年のナチス・ドイツ侵攻では奪われ、ポーランド総督ハンス・フランクが自分の執務室に飾るため要求しています。戦後、連合国兵士がフランクの自宅で発見し、ポーランドへ返還されました。

基本データ

制作年
1489〜1490年頃
種別
絵画
技法・素材
油彩
寸法
54.8 × 40.3 cm
様式
盛期ルネサンス
所蔵
チャルトリスキ美術館(クラクフ)

レオナルド・ダ・ヴィンチのほかの作品

《受胎告知》 《岩窟の聖母》 《最後の晩餐》 《ウィトルウィウス的人体図》 《モナ・リザ》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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