
ボッティチェッリはこの絵に題名をつけませんでした。半世紀ほど後に見たジョルジョ・ヴァザーリが『ラ・プリマヴェーラ』と呼んだことが定着したものです。背景には500種類以上の植物と190種類ほどの花が描かれ、うち130種類以上は実在する花と特定されています。
見どころ
見つめ返すヴィーナス
画面中央のヴィーナスだけが正面を向き、鑑賞者と目を合わせています。背後の木々はアーチ状に仕立てられ、視線を彼女一人に集める構図になっています。足元には常緑樹ミルトスが茂り、ヴィーナスの象徴とされています。
花に変わるクローリス
右端で灰緑色の男ゼピュロスに捕らえられているのがニンフのクローリスです。口から花がこぼれ出て、隣に立つ花の女神フローラへ姿を変える瞬間が描かれています。ゼピュロスが起こす風で木々と衣が左へなびいています。
三美神の輪舞
画面左では透ける衣をまとった三美神が手を取り合って踊っています。最上部のキューピッドの弓矢はこの3人に向けられているとされています。うち2人はメディチ家の色の宝石で身を飾っています。
メディチ家の婚礼祝い
『プリマヴェーラ』の制作動機はわかっていません。1477年にロレンツォ・デ・メディチが依頼したという説と、それより後にロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコが依頼したという説があります。
もうひとつの説では、当初はロレンツォが甥の誕生を祝う肖像画を依頼していました。1478年のパッツィ家の陰謀で甥の父が暗殺されて依頼は取り消され、代わって1482年のロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコの結婚祝いとして描かれたとされています。1499年時点での財産目録に、この絵が記載されていることは確かです。
詩人たちが下敷きになった絵
場面の骨格は、古代ローマの詩人オウィディウスの『祭暦』第5巻にある春の到来の記述に基づくとされています。細部はボッティチェッリと同時代の人文主義者アンジェロ・ポリツィアーノの詩の影響とも言われますが、その詩集の出版は1483年で本作より後のため、逆に本作が詩に影響したと主張する研究者もいます。哲学者ルクレティウスの著書も影響源のひとつに数えられています。
疎開と色あせ
第二次世界大戦のイタリア戦線では、爆撃を避けるためフィレンツェ南西部のモンテフュフォーニ城に一時移されました。戦後にウフィツィ美術館へ戻り、1982年に本格的な修復を受けています。長年の経年変化により、画面全体の色は著しく褪せてしまっています。
よくある疑問
- 『プリマヴェーラ』はどこにある?
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イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館が1919年から所蔵しています。第二次世界大戦中は疎開先のモンテフュフォーニ城に避難し、戦火がおさまったのちに美術館へ戻されました。
- 誰が描かれている?
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画面には8人の人物が描かれています。中央にヴィーナス、その右にゼピュロス・クローリス・フローラ、左に三美神と剣を持つマーキュリー、最上部にキューピッドです。花模様のドレスの女性を擬人化された『プリマヴェーラ』本人とする説もあります。
- なぜ『プリマヴェーラ』と呼ばれているの?
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ボッティチェッリ自身は作品に題名をつけませんでした。のちにこの絵を見たジョルジョ・ヴァザーリが『ラ・プリマヴェーラ』と呼んだことが広まり、そのまま定着しました。
- モデルは誰?
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マーキュリーは依頼主とされるロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ、フローラかヴィーナスはその妻セミラミデがモデルという説が有力です。ヴィーナスのモデルをジュリアーノ・デ・メディチの愛人シモネッタ・ヴェスプッチとする説もありますが、確定していません。
基本データ
- 作者
- サンドロ・ボッティチェッリSandro Botticelli
- 制作年
- 1482年頃
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- テンペラ、板
- 様式
- Early Renaissance
- 所蔵
- ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
- 展示室
- ルネサンス
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル