
この作品のデータ
| 作者 | エル・グレコ | 同じ作家の作品 2点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1590〜1603年頃 | |
| 時代 | ルネサンス | 同じ時代の作品 58点 |
| 様式 | — | |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | 大原美術館倉敷 | 同じ所蔵の作品 4点 |
| 有名度 | ★★★ |
1922年、パリの画廊でこの絵を見つけた画家の児島虎次郎は、買うお金を持っていませんでした。出資者の大原孫三郎に送金を頼み、写真を見た大原が了承して、絵は倉敷の大原美術館へ渡ります。戦前から日本にあった唯一のエル・グレコの油彩画とされ、1941年の時点では日本で見られる西洋の古典絵画はこの1点だけだったといいます。
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見どころ
闇に舞い降りる聖霊の鳩
深い闇の中、閃光とともに聖霊の象徴である白い鳩が舞い降りてきます。鳩は天使と聖母のあいだ、画面のほぼ中央にいます。光は鳩のまわりから聖母のほうへ広がっています。
天使を見上げる聖母
聖母マリアは開いた本に片手を置いたまま、もう一方の手を上げて天使を見上げています。赤い衣と緑のマントが、暗い背景から浮かび上がります。
雲に乗る大天使
大天使ガブリエルは雲に乗り、片腕を高く上げて聖母のほうへ身を乗り出しています。白い衣に黄色の衣を重ねた配色は、1576年頃の『受胎告知』にも見られる組み合わせです。
『白樺』が広めたグレコの名
日本でエル・グレコの名が知られるきっかけは、雑誌『白樺』でした。1914年の特集号で『オルガス伯の埋葬』などの図版と画家の小伝が紹介され、1916年には木村荘八の小冊『エル・グレコ』が出ています。
グレコは死後いったん忘れられ、19世紀末に再評価された画家です。1910年代には表現主義の先駆けとして、ドイツを中心に注目されていました。研究者の松井美智子は、西欧でのこの再評価が数年後の『受胎告知』の購入につながったと見ています。
絵は1923年に倉敷で公開され、1930年には大原美術館で展示されました。作家の堀辰雄も、1941年の「古墳」と1943年の「斑雪」(『大和路・信濃路』)で、この絵を見たことを書いています。
贋作と言われた戦後
大原美術館の館長を務めた藤田慎一郎は、戦後に美術館を訪れた高級将校がこの絵を贋作だと言い切った話を書き残しています。グレコは工房で、息子を含む弟子たちに複製を作らせるための原型を描いていました。どれが本人の作で、どれが工房作や後世の複製かを見分けることは、いまも研究の課題です。
大原美術館はこの絵を100年以上所蔵してきました。2025年には、描かれた当初の姿に近づけるための本格的な修復を受けています。
何度も描かれた『受胎告知』
グレコは『受胎告知』を何度も描きました。早いものでは1568年の『モデナの三連祭壇画』の一場面があり、イタリア時代の1570年頃と1576年頃にも描いています。1576年頃の版の基本的な構成は、のちの受胎告知にも引き継がれました。
大原美術館の版は、スペインに移ってからの晩年の作です。同じ時期には、ドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院の大祭壇画のために縦315cmの大作も描かれ、いまはプラド美術館にあります。こちらは告知の場面ではなく、神の子がマリアの体内に宿った瞬間を描いたものとされています。同じ主題の作品には、レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』もあります。
読んだらクイズ
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天使を見上げる聖母聖母マリアは開いた本に片手を置いたまま、もう一方の手を上げて天使を見上げています。赤い衣と緑のマントが、暗い背景から浮かび上がります。
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よくある疑問
- エル・グレコの『受胎告知』はどこにある?
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このページの版は、岡山県倉敷市中央の大原美術館が所蔵しています。JR倉敷駅から歩いて15分ほどです。グレコは同じ主題を何度も描いており、ほかの版はマドリードのプラド美術館やティッセン=ボルネミッサ美術館、ブダペスト国立西洋美術館などにあります。
- なぜ日本にある?
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1922年、フランスに滞在していた画家の児島虎次郎が、パリのベルネーム・ジュヌ画廊で売りに出ていたこの絵を見つけたためです。児島は出資者の大原孫三郎に送金を頼み、大原が写真を見て購入を了承しました。作品選びには、当時のパリ画壇の重鎮アマン・ジャンも関わっています。
- 日本にエル・グレコの作品は何点ある?
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この『受胎告知』と、国立西洋美術館の『十字架のキリスト』の2点のみとされています。戦前から日本にあった油彩画は、この『受胎告知』だけです。
- 修復されたことはある?
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1959年に修復された記録はありますが、何をしたのかは残っていません。2025年、クラレ財団の助成を受けて、初めての本格的な修復が行われました。プラド美術館の修復家エバ・マルティネスを招き、表面の汚れと後世の加筆・修復箇所を取り除いて、描かれた当初の姿に近づけています。
エル・グレコのほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



