ミケランジェロは自分の姿を、聖人が手にする剥がれた生皮として描き込みました。全裸の群像を非難した儀典長への仕返しに、地獄の裁判官ミノス王として描いたというエピソードも伝わっています。画面には400名以上の人物がひしめいています。
見どころ
裁きを下すキリスト
画面中央で再臨したキリストが死者に裁きを下しています。向かって左には天国へ昇る人々、右には地獄へ堕ちる人々が描かれ、400名以上の人物がキリストを軸に渦を巻くように配置されています。
生皮に描かれた自画像
キリストの近くで自分の生皮を手にする聖人はバルトロマイです。この生皮の顔はミケランジェロ自身の自画像とされています。全裸の群像表現をめぐる論争のさなかに描き込まれました。
冥府の渡し守カロンの舟
右下の水面に浮かぶ舟の上で、櫂を振りかざしているのは冥府の渡し守カロンです。舟に乗せられた死者はアケローン川を渡り、地獄の各階層へ振り分けられます。ミケランジェロはダンテの『神曲』地獄篇のイメージを借りたとされています。
20年越しの依頼
ミケランジェロは教皇ユリウス2世の命で、1508年から1512年にかけてシスティーナ礼拝堂の天井に『創世記』を主題とした壁画を完成させました。それから20数年後、教皇クレメンス7世が祭壇画の制作を命じ、後継のパウルス3世の治世である1535年から約5年をかけて1541年に完成しました。天井画と祭壇画の間にはローマ略奪という大事件があり、美術史上では盛期ルネサンスからマニエリスムへの転換期とされています。
消された前任の壁画
祭壇にはそれ以前、ペルジーノが描いた『聖母被昇天』がありました。ミケランジェロは当初この絵を残す案を提案しましたが、クレメンス7世に却下され、壁の漆喰ごと完全に剥がされて失われています。現在はスケッチのみが残っています。ペルジーノの絵には発注主シクストゥス4世の姿が描かれていたことがわかっており、実父をパッツィ家の陰謀で殺されたクレメンス7世による、黒幕とされる人物への復讐だった可能性が指摘されています。
日本テレビが支えた修復
壁画は長年のすすで汚れていましたが、日本テレビの支援により1981年から1994年にかけて修復作業が行われました。洗浄によって製作当時の鮮やかな色彩がよみがえり、ミケランジェロの死後にヴォルテッラが加筆した腰布も一部を除いて取り除かれています。
よくある疑問
- 『最後の審判』はどこにある?
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バチカン美術館内、システィーナ礼拝堂の祭壇の壁に直接描かれたフレスコ画です。天井の『アダムの創造』などと同じ礼拝堂ですが、別の壁面に描かれています。壁画そのものは動かせず、礼拝堂で見学します。
- なぜ「ふんどし画家」と呼ばれる人物がいるの?
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群像の裸体表現が儀典長から非難され、「着衣をさせよ」との勧告が出たためです。指示を受けて腰布を加筆した弟子のダニエレ・ダ・ヴォルテッラは「Il Braghettone(ふんどし画家)」というあだ名をつけられました。
- ミケランジェロ本人はどこに描かれている?
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聖人バルトロマイが手にする、剥がれた生皮の顔がミケランジェロの自画像とされています。青年時代に説教を聴いたとされるサヴォナローラらしき人物も画面左下方に描き込まれています。
- レプリカはどこで見られる?
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日本国内では大塚国際美術館に実物大のレプリカが、京都府立陶板名画の庭に陶器製のほぼ原寸大のレプリカが展示されています。
基本データ
- 作者
- ミケランジェロ・ブオナローティMichelangelo
- 制作年
- 1541年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- フレスコ
- 様式
- イタリア・ルネサンス
- 所蔵
- バチカン美術館(バチカン市国)
- 展示室
- バロック・ロココ
ミケランジェロ・ブオナローティのほかの作品
《ピエタ》 《ダビデ像》 《モーゼ像 (ミケランジェロ)》 《アダムの創造》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、撮影: Burkhard Mücke)。元ファイル
