ポンパドゥール侯爵夫人の肖像

モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール《ポンパドゥール侯爵夫人の肖像》1750年
ポンパドゥール侯爵夫人の肖像Madame de Pompadour in her Study
1750年
パステル、紙、175 × 128 cm
ルーヴル美術館 素描版画部門(パリ)
何がすごいのか

この作品が描かれた1750年、モデルのポンパドゥール侯爵夫人はルイ15世の愛妾という立場を離れ、「王の友」という新しい役割をつくり出していました。同じ年は教会の聖年(ジュビリー)にあたり、国王が愛妾を遠ざけるよう促す圧力が強まっていた時期でもあります。

見どころ

国王ただ一人の信頼を得た女性

夫人は病弱で政敵も多いなか、国王の日程を取り仕切り、頼れる助言者であり続けました。国王に真実を語れる唯一の人物として、憂鬱と退屈を抱えるルイ15世にとって欠かせない存在になっていたと記録されています。

愛妾から「王の友」へ

1750年ごろ、夫人は健康上の理由もあって国王との性的な関係を終え、以後は「王の友」という立場に専念します。この新しい役割は、彫刻家ピガールに依頼した「友情」を表す彫像などの芸術的な庇護を通じて内外に示されました。

版画にも取り組んだ手

夫人は素人ながら評価された版刻家でもあり、宝石彫刻師ギェの作品をブーシェの素描を介して版画に写す仕事を52点も残しています。ヴェルサイユの私室には、その制作のための道具一式が備えられていました。

1750年、愛妾から「王の友」へ

夫人が国王ルイ15世の公式な愛妾となったのは1745年のことでした。この作品が制作された1750年前後、夫人は健康を大きく損なっていました。百日咳の後遺症とされる持病に加え、たび重なる風邪や気管支炎、国王との間にもうけた3人の子どもの流産などが重なり、性的な関係は終わりを迎えます。同じ年は教会の聖年(ジュビリー)にあたり、国王が罪を悔いて愛妾を遠ざけるよう求める圧力も強まっていました。

夫人はこうした状況のなかで、「王の友」という新しい立場を打ち出します。この立場は、彫刻家ジャン=バティスト・ピガールに依頼した、自らを「友情」の擬人像として表す彫刻を通じて、対になる(現在は失われた)ルイ15世の彫像とともに示されました。1759年には画家フランソワ・ブーシェによる肖像画にも、この彫刻にちなむ図像が描き込まれています。

芸術と啓蒙思想の庇護者

夫人は後見人シャルル・フランソワ・ポール・ル・ノルマン・ド・トゥルネアム、後には実弟アベル=フランソワ・ポワソンを、美術と建築の政策や予算を統括する重要な役職に就かせ、その影響力を通じてパリを「趣味と文化の首都」に押し上げる一翼を担いました。1759年にはセーヴルの磁器工房を自らの手で買い取り、ヨーロッパ屈指の磁器製造所へと育てています。宮廷画家ジャン=マルク・ナティエをはじめ、ブーシェ、ジャン=バティスト・レヴェイヨン、フランソワ=ユベール・ドロワらの画家や彫刻家を庇護し、宝石彫刻師ジャック・ギェには自ら彫刻の手ほどきを受けました。

思想家ヴォルテールをはじめとする啓蒙思想家たちとも交流があり、ディドロとダランベールが編んだ『百科全書』が発禁の危機にさらされた際には、これを擁護する側に立っています。

版画にいそしんだ夫人

夫人は素人愛好家の域を超えた版刻家としても知られています。ブーシェが手がけた素描をもとに、宝石彫刻師ギェの作品を版画に写す仕事に取り組み、52点もの版画を残しました。これらは『国王付き彫刻師ギェの彫った宝石にもとづき、ポンパドゥール侯爵夫人が刻んだ版画集』としてまとめられ、その版刻のための道具一式はヴェルサイユの私室に備えられていました。この作品集は、ウォルターズ美術館やメトロポリタン美術館、大英博物館など複数の美術館・図書館に所蔵されています。

よくある疑問

『ポンパドゥール侯爵夫人の肖像』はどこにある?

パリのルーヴル美術館、素描版画部門の所蔵です。

誰が描いた?

パステル画家モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールです。夫人の生涯を伝える記事には、この作品そのものについての詳しい記述は残っていませんが、制作年である1750年前後の夫人の経歴はよく記録されています。

モデルは誰?

ジャンヌ・アントワネット・ポワソン、ポンパドゥール侯爵夫人です。1745年から1751年まで国王ルイ15世の正式な愛妾を務め、その後も没する1764年まで宮廷の寵臣として影響力を保ちました。

なぜ「王の友」と呼ばれるようになった?

1750年ごろ、夫人は百日咳の後遺症とされる持病や度重なる流産などで健康を損ない、国王との性的な関係を終えました。同じ年は教会の聖年にあたり、国王に罪を悔い改め愛妾を遠ざけるよう求める圧力も強まっていました。こうしたなかで夫人は「王の友」という新しい立場を確立し、その地位を芸術の庇護者としての活動を通じて示しました。

基本データ

制作年
1750年
種別
素描
技法・素材
パステル、紙
寸法
175 × 128 cm
所蔵
ルーヴル美術館 素描版画部門(パリ)

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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