天文学者

ヨハネス・フェルメール《天文学者》1668年
天文学者The Astronomer
1668年
油彩、カンヴァス、51 × 45 cm
ルーヴル美術館(パリ)

この作品のデータ

何がすごいのか

この絵の裏には、黒インクの小さな鉤十字が押されています。1940年にパリのロチルド家からナチスが押収し、ヒトラーが故郷リンツに計画した美術館へ入れるはずだった1点です。描かれた天文学者の机には、天球儀と天文書があるのに望遠鏡がありません。

見どころ

天球儀に伸ばした手

男が手を添えているのは、地球儀ではなく星座を描いた天球儀です。ヨドクス・ホンディウス制作のもので、机の本とあわせて、この人物が天文学者だとわかる手がかりになっています。

開かれた天文書

机の本は、アドリアーン・メティウスの天文書『星の研究と観察』の1621年版です。開いているのは第3巻で、天文学者は神の導きを求めよと説く箇所にあたります。

壁の『モーセの発見』

右奥の壁に、川から拾い上げられるモーセを描いた絵が掛かっています。モーセは「エジプト人のあらゆる知恵を学んだ」とされることから、知識と科学の象徴と読まれてきました。ルーヴルの解説は、天文学者の仕事と対比された神の摂理への暗示と見ています。

「一級品」と書かれた売立目録

来歴は1713年4月27日、ロッテルダムの競売までさかのぼれます。このとき『地理学者』と一緒に売りに出されました。1720年の売立目録では、この絵が「天文学者、デルフトのフェルメール作、一級品」、『地理学者』が「同上、同様」と記されています。

1785年にはフランス王ルイ16世への売り込みもありましたが、購入には至りませんでした。2点がそろって伝わったのは1797年のアムステルダムの競売までで、その後は別々の道をたどります。

ロチルド家からヒトラーの手へ

1881年から1888年のあいだに、パリの画商レオン・ゴシェが銀行家アルフォンス・ド・ロチルドに売り、息子のエドゥアールが受け継ぎました。1940年、ドイツ軍のフランス侵攻のあと、ナチスの略奪組織がエドゥアールの邸宅から押収します。

同年11月、ナチス幹部ローゼンベルクは「総統が言っていたフェルメールの絵が見つかった」と報告しています。ヒトラーは1945年の遺書で、集めた絵を故郷リンツの美術館のためのものだと書きました。戦後、連合国軍の美術品保護部隊が保管所から見つけ出し、1946年にエドゥアールへ返還されています。

同じ布から切られたカンヴァス

2017年の調査で、『天文学者』と『地理学者』のカンヴァスは同じひと巻きの布から取られたことがわかりました。2点の結びつきを裏づける結果です。署名は画面中央、天球儀の右側にあり、「IVMeer」とローマ数字の1668が読み取れます。

2点は1797年に別れてから、1997年の展覧会で初めて並びました。会場はルーヴルと、『地理学者』を所蔵するシュテーデル美術館です。

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よくある疑問

『天文学者』はどこにある?

パリのルーヴル美術館が所蔵し、館内で展示されています。第二次世界大戦後にロチルド家へ返還され、1983年に相続税の物納としてフランス政府に納められました。

モデルは誰?

わかっていません。『地理学者』と同じ男性がモデルとされ、科学者アントニ・ファン・レーウェンフックとする説があります。ただしルーヴルの解説は、この説に証拠はないとしています。

『地理学者』と何が違う?

『地理学者』は翌1669年の作で、フランクフルトのシュテーデル美術館にあります。2点は同じ部屋と家具を、配置を少し変えて描いています。ルーヴルは厳密な対作品ではなく、同じ主題の変奏と見ています。

なぜ望遠鏡が描かれていない?

理由はわかっていません。机の本の著者メティウスは、望遠鏡の発明者を兄弟のヤコブだとしています。美術史家ハラディンは、望遠鏡が無いことで人物の内面が表されていると述べています。

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出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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