ベラスケスは実は国王夫妻の肖像を描いていたとされ、鑑賞者は夫妻の視線を通してこの場面を見ている、というのが有力な説です。画家の胸の赤い十字は完成の3年後に描き加えられ、国王自身が描いたという伝説もあります。この絵は重要性と価値のため、展示のためだけに貸し出されることはありません。
見どころ
光を浴びるマルガリータ王女
画面中央でひときわ明るく照らされているのが5歳のマルガリータ王女です。金襴の衣装と足元の暗い影が強い対比をなし、鑑賞者の視線を王女の小さな姿に集めるよう光が計算されています。
自らを描き込んだ画家
画面左でカンバスに向かうのはベラスケス自身です。胸につけた赤い十字はサンティアゴ騎士団の印ですが、実際に受章したのは絵の完成3年後で、死後に描き加えられたとされています。
鏡に映る国王夫妻
奥の壁に架かった鏡には、フェリペ4世と王妃マリアナの上半身が映っています。夫妻は絵の外、鑑賞者と同じ場所に立っているように見え、鑑賞者は夫妻の視線を共有していると考えられています。
宮廷画家としてのベラスケス
17世紀のスペインでは、絵画は詩や音楽のような芸術ではなく工芸とみなされ、画家が高い地位を得ることはまれでした。ベラスケスは苦労の末、1651年にフェリペ4世の宮廷で侍従長に任命され、地位と収入を得ました。しかしその任務に多くの時間を取られ、人生最後の8年間で仕上げた作品はわずかで、その大半は王家の肖像でした。
火事と切り詰められた画布
『ラス・メニーナス』は元のサイズより左右が切り落とされて小さくなっています。1734年にはアルカサルを焼いた火災で作品も損傷を受け、王女の左頬は顔料の損失がひどく、ほとんど塗り直されました。1984年には19世紀の補修以来たまった汚れを取り払う大掛かりな洗浄が行われ、賛否両論を呼びました。
ピカソが描いた58通りの変奏
この絵は後世の画家に繰り返し引用されてきました。フランシスコ・デ・ゴヤは1778年にエッチング作品を制作し、のちに『カルロス4世の家族』を描く際の着想としました。1957年にはパブロ・ピカソが『ラス・メニーナス』に基づく連作を58通り描き、現在はバルセロナのピカソ美術館に専用の部屋を設けて収められています。
よくある疑問
- 『ラス・メニーナス』はどこにある?
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マドリードのプラド美術館が所蔵しています。1819年の美術館創設時にコレクションへ加わりました。その重要性と価値のため、展示のためだけに貸し出されることはありません。
- ベラスケスは何を描いているの?
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一般には、国王夫妻の肖像画を描いているところで、鏡に映る夫妻はそのポーズをとっている姿だと解釈されています。マルガリータ王女を描いているのだと考える批評家もおり、見解の統一には至っていません。
- なぜタイトルが『ラス・メニーナス』になったの?
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最初期の目録では『ラ・ファミリア(家族)』として登録され、1794年の目録では『フェリペ4世の家族』でした。現在のタイトルで初めてプラド美術館のカタログに掲載されたのは1843年のことです。
- 誰がモデルか特定されている?
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1724年にアントニオ・パロミーノが出版した記述により、多くの人物が特定されています。王女に仕える女官イサベル・デ・ヴェラスコとマリア・アグスティナ・サルミエント、小人のマリバルボラとニコラ・ペルトサート、シャペロンのマルセラ・デ・ウリョーアなどです。
基本データ
- 作者
- ディエゴ・ベラスケスDiego Velázquez
- 制作年
- 1656年
- 種別
- 絵画
- 様式
- バロック
- 所蔵
- プラド美術館(マドリード)
- 展示室
- バロック・ロココ
ディエゴ・ベラスケスのほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル
