この作品のデータ
| 作者 | ディエゴ・ベラスケス | 同じ作家の作品 4点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1650年頃 | |
| 時代 | バロック・ロココ | 同じ時代の作品 37点 |
| 様式 | バロック | 同じ様式の作品 18点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ドーリア・パンフィーリ美術館ローマ | |
| 有名度 | ★★★名画クイズで出題(全作品の解放) |
教皇インノケンティウス10世の側近は、この絵を本人と見間違えたと伝えられています。あまりの迫真性に、教皇はベラスケスへの褒美として自身の彫像入りの金メダルを贈りました。醜男として知られた教皇の、猜疑心や現世欲まで写し取った一枚です。
この絵の作者を覚えているかは、名画クイズ(iPhone アプリ)で確かめられます。
見どころ
猜疑心を宿す眼差し
醜男として知られた教皇の一瞬の容貌をとらえ、強い猜疑心や現世欲、職務への不屈の情熱までも複雑に表現しています。額からは汗が吹き出しそうな緊張感があります。
深紅のシンフォニー
夏用の紅絹のモゼッタ(肩マント)と、緞帳、椅子の背、教皇帽が織りなす色彩は、光と影の間で移り変わる深紅の諧調をつくり出しています。
右手に記された署名
教皇の右手に持たれた紙には「インノケンティウス10世に。カトリック王陛下の宮廷画家ディエゴ・デ・シルバ・ベラスケス筆、1650」と記されています。
2度目のイタリア滞在
ベラスケスは1649年5月から1651年にかけて、約1年半にわたる2度目のイタリア滞在をしました。目的はスペイン国王フェリペ4世のために絵画や古代彫像を買い付けることでしたが、ローマ教皇への特別使節という政治的な使命も帯びていました。パンフィーリ家やそのライバルであるバルベリーニ家に厚遇され、フェリペ4世のために古代彫刻を獲得する任務にも便宜が図られています。
旧知の教皇との再会
モデルのインノケンティウス10世は1644年に教皇に選出されました。教皇大使としてマドリードに赴任していた時期があり、ベラスケスとは旧知の間柄でした。本作は1649年12月からの聖年を記念して制作されたと考えられています。制作にあたりベラスケスは、教皇にサンティアゴ騎士団への入団審査の支援を要請し、1659年、60歳のときにその称号を授与されました。
絶賛された色彩
本作の四分の三斜め向きのポーズは、ティツィアーノやエル・グレコに倣った伝統的な肖像形式です。色彩の面では、緞帳や椅子の背、教皇帽、肩マントの光と影の間に深紅の諧調が生まれています。法衣の白も、光と影の中で微妙な諧調を見せています。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

深紅のシンフォニー夏用の紅絹のモゼッタ(肩マント)と、緞帳、椅子の背、教皇帽が織りなす色彩は、光と影の間で移り変わる深紅の諧調をつくり出しています。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『インノケンティウス10世の肖像』はどこにある?
-
ローマのドーリア・パンフィーリ美術館が所蔵しています。
- モデルは誰?
-
ローマ教皇インノケンティウス10世です。パンフィーリ家出身で、教皇大使としてマドリードに赴任していた時期にベラスケスと知り合っていました。
- なぜこんなに高く評価されている?
-
画家ジョシュア・レノルズはローマでもっとも素晴らしい絵画と評し、哲学者イポリット・テーヌは「あらゆる肖像画中の傑作」と呼びました。画家アントン・ラファエル・メングスは、光と影の理解度でティツィアーノを上回ると評しています。
- いつ、どんな経緯で描かれた?
-
ベラスケスが1649年から1651年にかけて2度目のイタリア滞在をした際、1649年12月からの聖年を記念して制作されたとされています。
ディエゴ・ベラスケスのほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル




