真珠の耳飾りの少女

ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃
真珠の耳飾りの少女Girl with a Pearl Earring
1665年頃
油彩、カンヴァス、44.5 × 39 cm
マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)
何がすごいのか

誰を描いたのかも、誰が注文したのかもわかっていない一枚。1881年の競売ではおよそ1万円で落札されました。黒い背景に黄と青だけ、輪郭線を使わず光の反射だけで真珠を描いています。今は原則として館外に貸し出されず、デン・ハーグまで行かなければ見られません。

見どころ

輪郭線のない真珠

真珠は線で縁取られていません。斜め上からの光を受けた明るい反射と、白い襟から照り返したぼんやりした反射の2つだけで、直径2cmはありそうな粒の丸みが出ています。

唇の端の白い点

下唇を明るく光らせ、上唇の輪郭をぼかしています。1994年からの修復で、唇の端と中央に小さな白いハイライトがあることがわかりました。濡れた質感が出て、何か言いたげに見える理由のひとつです。

ラピスラズリの青

ターバンの青は、西アジア産の宝石ラピスラズリを砕いた非常に高価な絵具です。黄と青は補色なので互いを際立たせます。ターバン自体は当時のオランダの服装ではなく、異国趣味の衣装です。

1万円で落札された絵

フェルメールは1675年に43歳で破産同然のまま亡くなり、作品は競売にかけられて散逸しました。この絵も1696年の競売目録に名前があります。1881年にデン・ハーグの競売で収集家デ・トンブが購入した価格は2ギルダー30セント、およそ1万円でした。当時この絵は非常に汚れていて、低い評価もやむを得なかったとされています。

1994年から2年間かけた徹底的な修復で、描かれた当時に近い状態に戻りました。現在取り引きされるなら100億円とも150億円ともいわれます。

何も描かれていない背景

構図はきわめて単純で、少女の上半身のほかには何もありません。年代を推定できる家具や小物がなく、ターバンは当時のオランダの流行とも無縁なので、制作年の「1665年か1666年」も推測の域を出ません。画面には「IVMeer」の署名があり、日付はありません。

ターバンは、1599年にグイド・レーニが描いたと伝えられる『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』への敬意ではないかという指摘もあります。肩越しに振り向く姿勢、頭に布を巻いた姿など共通点が多いためです。

日本での公開

日本では1984年(国立西洋美術館)、2000年(大阪市立美術館)、2012〜13年(東京都美術館、神戸市立博物館)に展示されました。館外への貸し出しは原則として行われなくなったため、来日の機会はきわめて限られます。

よくある疑問

『真珠の耳飾りの少女』はどこの美術館にある?

オランダ・デン・ハーグのマウリッツハイス美術館の所蔵です。1881年に収集家デ・トンブが競売で購入し、相続人がいなかったため美術館に寄贈されました。2014年以降、原則として館外へ貸し出さない方針です。

モデルは誰?

わかっていません。フェルメールの娘マーリア、妻、恋人、あるいは特定のモデルのいない創作など諸説ありますが、フェルメールには家族や知人の肖像画も伝記も残っていないため確かめようがありません。小説と映画の「小間使い」という設定はフィクションです。

なぜ眉毛がないように見える?

強い光の下で顔の凹凸を最小限の明暗で描いているためで、フェルメールはこの絵で全体に色数と線を絞っています。眉が描かれていないことを特別に説明した一次資料はなく、画風の一部と見るのが穏当です。

「北のモナ・リザ」と呼ばれるのはなぜ?

口元がかすかに笑っているようにも見え、何か言いたそうな表情が『モナ・リザ』を連想させるからです。『青いターバンの少女』という呼び名のほうが長く使われてきましたが、2003年の映画のヒット以降『真珠の耳飾りの少女』が定着しました。

基本データ

作者
ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer
制作年
1665年頃
種別
絵画
技法・素材
油彩、カンヴァス
寸法
44.5 × 39 cm
様式
オランダ黄金時代の絵画
所蔵
マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)

ヨハネス・フェルメールのほかの作品

《牛乳を注ぐ女》 《デルフト眺望》 《真珠の首飾りの女》 《絵画芸術》 《地理学者》

出典・画像について

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