
「祖国のために敵を倒せなかったにせよ、祖国のために絵を描くことはできる」。1830年の七月革命を、その年のうちに描いた絵です。政府は革命の記念に買い上げましたが、扇動的すぎるとして16年間しまい込みました。女性は実在の人物ではなく「自由」そのものです。
見どころ
フリギア帽と三色旗
女性がかぶる赤い帽子はフリギア帽。フランス革命のあいだに自由の象徴になりました。右手に三色旗、左手に銃剣つきのマスケット銃。フランスの象徴「マリアンヌ」の代表的な姿です。
シルクハットの男
女性の左でマスケット銃を構えるシルクハットの男は、ドラクロワ自身だと説明されることが多い人物です。友人フレデリック・ヴィヨがモデルという説もあります。
二丁拳銃の少年
右隣で両手に拳銃を持つ少年は、誰をモデルにしたのか不明です。ユゴーの『レ・ミゼラブル』のガヴローシュはこの少年から着想を得たといわれています。
買い上げられて、しまわれた
1831年5月のサロンに出品されると、フランス政府は革命を記念するとして3,000フランで買い上げました。ところが翌1832年の六月暴動以降、あまりに政治的で扇動的だという理由で、1848年革命までの16年間は恒常的な展示が行われませんでした。
紙幣と切手
フランスでは旧100フラン紙幣にドラクロワの肖像とともにこの絵の一部が描かれました。日本でも1999年に記念切手が発行されています。コールドプレイのアルバム『美しき生命』のジャケットに使われるなど、革命と自由の図像として今も引用され続けています。
よくある疑問
- 『民衆を導く自由の女神』はどこにある?
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パリのルーヴル美術館が1874年から所蔵しています。1999年に「日本におけるフランス年」の交流展で東京国立博物館に1か月間貸し出され、代わりに法隆寺の百済観音像がフランスへ渡りました。
- なぜ胸を出しているの?
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この女性は実在の人物ではなく「自由」の寓意(アレゴリー)で、乳房は母性、つまり祖国を表しています。原題は「民衆を導く自由」で、「女神」という言葉は日本での慣習的な訳です。
- 何の場面?
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1830年7月のフランス七月革命です。1831年のサロンには『1830年7月28日』という題で出品されました。兄への手紙でドラクロワは「時事的な主題、つまりバリケードの絵を描くことにした」と書いています。
- 落書きされたことがある?
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2013年2月、来館者に黒のフェルトペンで「AE911」と書かれました。表面のワニスが絵具への浸透を防いだため、翌日には修復されています。
基本データ
- 作者
- ウジェーヌ・ドラクロワEugène Delacroix
- 制作年
- 1830年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 260 × 325 cm
- 様式
- ロマン主義
- 所蔵
- ルーヴル美術館(パリ)
- 展示室
- 近代
ウジェーヌ・ドラクロワのほかの作品
出典・画像について
- Louvre Collections: Le 28 Juillet. La Liberté guidant le peuple(公式)
- Wikipedia「民衆を導く自由の女神」
- Wikidata Q29530
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル