荒海とイルカ

ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《荒海とイルカ》1835〜1840年頃
荒海とイルカStormy Sea with Dolphins
1835〜1840年頃
油彩、カンヴァス、90.2 × 121.3 cm
テート(ロンドン)

この作品のデータ

作者ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー同じ作家の作品 5点
制作年1835〜1840年頃
時代近代同じ時代の作品 43点
様式—
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵テートロンドン
有名度★★★
展覧会テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話国立西洋美術館(東京都)2026年10月24日(土)〜2027年2月21日(日)開催中
何がすごいのか

ターナーの死後、アトリエに残された未完成の海の絵の1枚です。遺贈品の目録のどれにあたるかが分かったのは1946年で、決め手はカンヴァスの裏に残る番号らしき数字でした。描かれているのは夜明けとも、海上の火事とも読めるとされ、制作年も専門家の見方が分かれています。

見どころ

白く砕ける波

左下では、白い絵の具を重ねた波が盛り上がっています。筆の跡を残したまま、絵の具が厚く置かれています。

右に走る赤とオレンジ

右側の雲と海のあいだに、赤やオレンジの筆の跡が横に走っています。ターナーの嵐の海の絵としては、色がとても強いことが指摘されています。

光が差す空

画面の上半分は、白と黄色が混ざり合う空です。雲と光の境目がはっきりせず、海と空がひと続きのように見えます。

裏の番号で見つかった1枚

ターナーは1851年に亡くなり、アトリエに残った作品は1856年に遺贈品として国に入りました。そのなかには、縦3フィート・横4フィートのカンヴァスが36枚ありました。本作がそのうちのどれにあたるかは、1946年に裏面の番号から推定されています。

カンヴァスの裏には、ロンドンのオックスフォード通りにあった画材商「A・シャーボーン社」の印も押されています。絵は1948年にテート・ギャラリーへ移されました。

嵐の海にしては強い色

マーティン・バトリンとエヴリン・ジョルによる作品目録は、本作の色が、ターナーの嵐の海の多くよりずっと強いと書いています。同じ特徴は、1840年に発表された『奴隷船』にも見られるといいます。

この時期の未完成の海景画は、年代を決めるのが難しい作品群です。目録は、立体感の薄い絵が後の時代の作風なのか、単に描きかけで止まっているだけなのか、見分けにくいと述べています。同じころのターナーの完成作には、1839年の『戦艦テメレール号』があります。

読んだらクイズ

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よくある疑問

『荒海とイルカ』はどこにある?

ロンドンのテートが所蔵しています。1856年にターナーの遺贈品の一部として国が受け入れ、1948年にテート・ギャラリーへ移されました。

完成した作品なの?

未完成と考えられています。ターナーの作品目録では、1830〜45年ごろの「後期の未完成の海景画」のグループに入っています。

何が描かれている?

題名どおり嵐の海ですが、場面の解釈は定まっていません。美術史家マーティン・デイヴィスは日の出の場面だと考え、同じテートの『燃える難破船のある荒海』のような海上の火事の可能性も挙げています。

いつ描かれた?

テートは1835〜40年頃としています。目録の共著者エヴリン・ジョルは1840年ごろか、それより少し後と見ています。目録そのものも、このグループの年代づけは仮のものだと断っています。

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