木曽海道六拾九次之内 洗馬

歌川広重《木曽海道六拾九次之内 洗馬》1835〜1838年頃(天保6〜9年頃)
歌川広重Utagawa Hiroshige
木曽海道六拾九次之内 洗馬Seba, from the Sixty-nine Stations of the Kisokaido
1835〜1838年頃(天保6〜9年頃)
木版多色刷、大判錦絵(横絵)
各地に現存(版画)

この作品のデータ

作者歌川広重同じ作家の作品 6点
制作年1835〜1838年頃(天保6〜9年頃)
時代日本・近世まで同じ時代の作品 42点
様式—
種別浮世絵
技法・素材木版多色刷、大判錦絵(横絵)
所蔵各地に現存版画
有名度★★★
展覧会特別展 内山晋コレクション受贈記念「歌川広重 江戸のベストアングル」東京国立博物館 本館(東京都)2026年9月29日(火)〜12月20日(日)開催中
何がすごいのか

中山道の宿場「洗馬」を題にしながら、画面にあるのは満月の下を流れる川と、風に揺れる柳です。宿場の町並みは遠くに屋根がのぞくだけで、川では舟の男たちが棹をさしています。広重の最高傑作に挙げられることもある一図です。

見どころ

柳越しの満月

風になびく柳の枝の向こうに、大きな満月が浮かんでいます。月のまわりの空には、うすい雲が横に流れています。

棹をさす舟の男たち

手前の舟は荷を山のように積み、男がひとり棹で舟を進めています。その奥にも、笠をかぶった人が細長い舟を操っています。大英博物館の記録は、この川を奈良井川としています。

題と版元の印

左上の短冊に「木曽海道六拾九次之内」「洗馬」とあり、その下に版元・錦樹堂の印が押されています。右上には「廣重画」の署名と「一立齋」の印があります。

英泉から広重へ替わったシリーズ

「木曽海道六拾九次之内」は、渓斎英泉の筆で始まりました。郡山市立美術館の解説によると、英泉が24図を描いたところで絵師が広重に替わり、さらに版元まで交代しています。洗馬は広重が描いた図のひとつで、版元は錦樹堂です。描かれた時期は、天保6年から9年(1835〜1838年)頃とされています。

後摺が多く、揃いがむずかしい

途中で絵師も版元も替わったため、このシリーズには後摺がたくさん残っています。英泉の落款を削った摺りまで出回り、初摺だけで全図を揃えるのは無理だといわれてきました。

揃いの難しさは、そのまま摺りの種類の多さでもあります。同じ広重の街道ものには、東海道の起点を描いた東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景があります。

よくある疑問

『木曽海道六拾九次之内 洗馬』はどこにある?

木版画なので原本は1点ではなく、複数の摺りが残っています。シカゴ美術館、プリンストン大学美術館、大英博物館、ボストン美術館、ホノルル美術館などが所蔵しています。

どんなシリーズ?

木曽街道(中山道)の宿場を描いた70枚揃のシリーズです。美人画で知られる渓斎英泉が描き始め、途中から広重に交代しました。版元も途中で替わっていて、この図の版元は錦樹堂(伊勢屋利兵衛)です。

なぜ同じ図柄でも色が違う?

風景画は長く売り続けられたので、何度も摺り重ねられました。摺るたびに配色や技法が変わることがあり、同じ図柄でも印象の違う摺りがいくつも残っています。

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歌川広重のほかの作品

《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》 《東都名所 日本橋之白雨》 《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》 《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》 《名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣》

出典・画像について

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