東海道江尻田子の浦略図

葛飾北斎《東海道江尻田子の浦略図》1830〜1834年頃(天保元〜5年、諸説あり)
葛飾北斎Katsushika Hokusai
東海道江尻田子の浦略図Shore of Tago Bay, Ejiri at Tokaido
1830〜1834年頃(天保元〜5年、諸説あり)
多色摺木版画、24.8 × 36.5 cm
北斎館(長野県小布施町)ほか(版画のため各地に現存)

この作品のデータ

作者葛飾北斎同じ作家の作品 5点
制作年1830〜1834年頃(天保元〜5年、諸説あり)
時代日本・近世まで同じ時代の作品 42点
様式—
種別浮世絵
技法・素材多色摺木版画
所蔵北斎館長野県小布施町
有名度★★★
展覧会フランス ナント「EXPOSITION HOKUSAI」凱旋展 小布施 北斎の傑作北斎館(長野県)2026年10月24日(土)〜2027年1月17日(日)開催中
何がすごいのか

題名は「江尻」ですが、併記された田子の浦は江尻宿からかなり離れています。そのため、どこから見た景色なのかには諸説あります。荒波を進む手前の船は、富士山の稜線と似た形の弧を描いています。題の「略図」を、古い和歌を当世風に描き直したという意味に読む説もあります。

見どころ

富士と三保の松原

遠景には、山頂に雪をいただく富士山と、三保の松原と思われる緑の地が描かれています。空は上から藍色をぼかして摺られ、海や富士の色と響き合って画面をまとめています。

塩田で働く人々

浜辺には、塩田で働く人々が小さく描かれています。田子の浦の一帯は塩田でも知られていました。この塩田の描写が、描かれた場所を考える手がかりにもなっています。

富士と同じ弧を描く船

手前の荒波には、大小4艘の船が浮かんでいます。最前部の船のへりは、富士の稜線と同じ大きさの弧を描いています。富士と、波に立ち向かう漁師たちの奮闘を対比させる仕掛けとされています。

江尻と田子の浦のずれ

本作は、神奈川沖浪裏や凱風快晴と同じ揃物『冨嶽三十六景』の1図です。同じ揃物の「駿州江尻」と同じく、東海道の宿場町・江尻宿(いまの静岡市清水区)を主題にした図とされています。一方で、題名には田子の浦の名も並んでいます。

田子の浦は、いまは富士市の田子の浦港の辺りを指します。古くは清水区の薩埵峠のふもとから、蒲原近くの海岸あたりを指しました。どちらも江尻宿からはかなり離れています。そのため、吉原宿や由比宿の風景を描いたとする説など、もとになった場所には諸説あります。

『富嶽三十六景』の解説書を著した日野原健司は、塩田の描写に注目しました。歌川広重の『東海道五十三次』「江尻 田子の浦 三保の松原」と、北斎自身の『東海道五十三次』「蒲原」にも、本作と一致する塩田の風景が描かれています。そこから、江尻宿近くの清水湊の沖合から由比・蒲原方面を望んだ景色ではないかと推察しています。

「略図」に重ねた古典和歌

題名の「略図」を、古典を当世風に置き換える「やつし」と読む説があります。下敷きとされるのは、『万葉集』の山部赤人の歌「田子の浦ゆ打ち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」です。『拾遺和歌集』の大中臣能宣の歌「田子の浦に霞の深く見ゆるかな藻塩の煙立ちや添ふらん」も挙げられています。

北斎は後年の『富嶽百景』二編「文邊の不二」で、本作とほぼ同じ構図に歌人を描き込みました。こちらでは、古典和歌の見立てであることがより明確に表されています。

刊行年と摺りの違い

刊行は天保元年(1830年)から天保5年(1834年)ごろとされます。柳亭種彦の『正本製』に載った広告から天保2年(1831年)とする説や、エドモン・ド・ゴンクールの『北斎』の記述から文政6〜12年(1823〜1829年)とする説もあります。落款は「前北斎為一筆」です。

版画は、摺られた時期によって色が変わります。東京富士美術館の一枚は、主版が墨で摺られています。初摺に使われた藍摺りが見られないため、追加で出た10図の刊行より後に摺られたものと推定されています。

よくある疑問

『東海道江尻田子の浦略図』はどこにある?

木版画のため、同じ図が何枚も摺られ、各地に残っています。長野県小布施町の北斎館や、東京富士美術館が所蔵しています。北斎館では企画展ごとに展示替えを行うため、いつでも見られるわけではありません。

読み方は?

「とうかいどうえじりたごのうらりゃくず」と読みます。『冨嶽三十六景』全46図のうちの1図です。

どこから見た景色?

確定していません。題名にある江尻宿と田子の浦は離れているため、吉原宿や由比宿の風景とする説などがあります。『富嶽三十六景』の解説書を著した日野原健司は、清水湊の沖合から由比・蒲原方面を望んだ景色ではないかと推察しています。

題名の「略図」とはどういう意味?

古典を当世風に置き換える「やつし」の意味に読む説があります。田子の浦と富士を詠んだ山部赤人や大中臣能宣の和歌を、当時の風景として描き直したという解釈です。

葛飾北斎の画集を Amazon で探す

葛飾北斎のほかの作品

《神奈川沖浪裏》 《富嶽三十六景 凱風快晴》 《富嶽三十六景 山下白雨》 《富士越龍図》

出典・画像について

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!