
『ハムレット』で舞台には出てこない場面。恋人に父を殺され、正気を失ったオフィーリアが、花輪を枝にかけようとして川に落ち、歌いながら沈んでいくところです。ミレーは風景を5か月かけて川辺で描き、人物は冬のロンドンで、湯を張った浴槽に横たわらせたモデルから描きました。
見どころ
開いた手と上を向く目
腕を広げて視線を上げる姿勢は、伝統的な聖人や殉教者の肖像と同じ型です。自分の不幸がわからないまま歌っている、というガートルードのせりふどおりの表情です。
花には意味がある
水面の花はシェイクスピアが書いた花冠の描写に合わせて選ばれ、ヴィクトリア朝で流行した花言葉も反映しています。目を引く赤いケシは戯曲には出てきません。眠りと死の象徴です。
川岸の植物は本物の写生
ラファエル前派の信条「自然に忠実に」のとおり、川岸の草花は一株ずつ描き分けられています。舞台はデンマークの川という設定ですが、景色はイングランドそのものです。
せりふの中にしかない場面
描かれているのは『ハムレット』第4幕第7場、王妃ガートルードがオフィーリアの死を語るせりふの中の光景です。柳に登って花輪を枝にかけようとしたとたん枝が折れ、服が広がってしばらく人魚のように浮き、古い小唄を口ずさんでいたが、やがて水を吸った服に引きずり込まれた。舞台では演じられず、語られるだけの死です。
風景が先、人物が後
ミレーは制作を2段階に分けました。まず1851年にホグズミル川の岸に滞在して風景を描き、それから人物を描いています。同じ頃、すぐ近くではラファエル前派の仲間ウィリアム・ホルマン・ハントが『世の光』と『雇われ羊飼い』を制作していました。ハエと風と地主に悩まされたことを、ミレーは友人への手紙に書き残しています。
最初は評価されなかった
1852年にロイヤル・アカデミーで初めて展示されたときは広く評価されませんでした。その後、美しさと自然の正確な描写が賞賛されるようになり、今ではラファエル前派を代表する作品とされています。明るい色の背景と青ざめたオフィーリアの対比、細密な植物描写は、この派の様式の典型です。
よくある疑問
- 『オフィーリア』はどこの美術館にある?
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ロンドンのテート・ブリテンの所蔵です。日本には2008年(Bunkamura ザ・ミュージアム)などで来ています。
- どこで描かれた?
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ロンドン南西部、サリー州のホグズミル川の岸です。ミレーは1851年に5か月間、週6日、1日最大11時間ここに通って風景を描きました。現在その場所には制作地を示す説明板があります。
- モデルは誰?
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エリザベス・シダルです。冬のアトリエで、下からランプで温めた浴槽に浸かってポーズを取りました。ランプが消えたことに気づかずミレーが描き続けたため、シダルはひどい風邪をひき、父親が治療費の支払いを求めたと伝えられています。
- 絵の中に髑髏が隠れている?
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川岸の木の葉の中に髑髏が見えるとよく言われますが、ミレーが意図したことを示す証拠は残っていません。制作の初期にはミズハタネズミがオフィーリアの隣に描かれていましたが、見た人に野ウサギや犬に間違えられたため消されました。そのラフスケッチは額に隠れた画布の上の角に残っています。
基本データ
- 作者
- ジョン・エヴァレット・ミレーJohn Everett Millais
- 制作年
- 1851〜1852年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 76.2 × 111.8 cm
- 様式
- ラファエル前派
- 所蔵
- テート・ブリテン(ロンドン)
- 展示室
- 近代
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル