
刈り入れが終わった畑で、残った穂を拾う3人の農婦。落穂拾いは貧しい人が生き延びるために認められた権利で、旧約聖書に根拠があります。1857年のサロンでは「題材が卑しい」「貧困を誇張している」と非難され、「下層民の運命の三女神」と揶揄されました。
見どころ
腰をかがめた2人と、立つ1人
2人は正面を向いて腰をかがめ、1人は背を向けてやや腰を曲げて立ち、手に拾った穂を持っています。3人の動きの差が、同じ作業の繰り返しを一枚に畳んでいます。
遠景のにぎやかな収穫
背景には穀物がうず高く積まれ、馬に乗った地主が監督する収穫の風景があります。手前の3人の重さと、奥の豊かさの対比がこの絵の主題です。
朝の光
労働の重苦しさを描きながら、画面は明るい朝の太陽に照らされています。17世紀オランダ派やプッサンから受けた感動の影響が指摘されています。
バルビゾンの農民画
ミレーは1849年、パリの政治的混乱とコレラを避けてバルビゾン村に移りました。1850年にサロンに出した『種まく人』以来、農民画を多く手がけます。『落穂拾い』は『種まく人』『晩鐘』とともにミレーとバルビゾン派の代表作とされています。
建築家アルフレッド・フェイドから連作『四季』の注文を受けたのが1851年末から翌年にかけてで、1853年には山梨県立美術館が所蔵する『落穂拾い、夏』を完成させています。サロン出品作の制作は1856年から57年。制作中、ミレーは伝記作者サンシエへの手紙に「この不幸な絵があたかもなんの意味もなかったかのごとく感じる日がある」と書いています。
旧約聖書の「ルツ記」
落穂拾いは農村の貧しい人々の姿であると同時に、旧約聖書の「ルツ記」に基づく画題でもあります。プッサンにも同様の絵があります。ミレーは同じ時期に、やはりルツ記に由来する『刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)』を手がけ、農村社会の助け合いを描いています。
よくある疑問
- 『落穂拾い』はどこにある?
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パリのオルセー美術館の所蔵です。ほぼ同じ構図の小さな油彩『落穂拾い、夏』(1853年)は山梨県立美術館が所蔵していて、日本で常設で見られます。
- 落穂拾いとは何をしている?
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麦の刈り入れの後、集めきれずに地面に残った穂を拾い集める作業です。旧約聖書のレビ記の律法に従い、自分の労働で十分な収穫を得られない寡婦や貧農が命をつなぐための権利として認められた慣行で、畑の持ち主が落穂を残さず回収することは戒められていました。
- なぜ批判された?
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1857年のサロンで、保守的な批評家から題材が卑しく貧困を誇張していると非難されました。一方で1848年革命後に台頭した革新的な批評家からは、権力への戦いを深読みして評価されるという、逆方向の誤解も受けました。
- どこの畑?
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フォンテーヌブローの森のはずれにあるシャイイの農場です。ミレーの故郷の北ノルマンディーは土地が痩せていて落穂拾いの光景がなく、肥沃なシャイイに移ってからこの慣行に驚き、画題にしたとされています。
基本データ
- 作者
- ジャン=フランソワ・ミレーJean-François Millet
- 制作年
- 1857年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 83.5 × 110 cm
- 様式
- 写実主義
- 所蔵
- オルセー美術館(パリ)
- 展示室
- 近代
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル