
この作品のデータ
| 作者 | ウジェーヌ・ドラクロワ | 同じ作家の作品 6点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1827年 | |
| 時代 | 近代 | 同じ時代の作品 43点 |
| 様式 | ロマン主義 | 同じ様式の作品 17点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ルーヴル美術館パリ | 同じ所蔵の作品 26点 |
| 有名度 | ★★★ |
縦3.9メートル、横5メートル近い画面いっぱいに、敗れた王が自分の女たちや馬を殺させる場面が描かれています。サロンでは賛否が割れ、ある批評家は「醜さの狂信」と呼びました。買い手はつかず、ドラクロワは18年間アトリエに置き続けました。ルーヴル美術館に入ったのは1921年です。
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見どころ
寝台の上の王
赤い布をかけた大きな寝台の上に、白い衣と金の飾りを身につけたサルダナパールがいます。まわりでは殺戮が続いていますが、王は関心のなさそうな目でそれを見下ろしています。
殺される馬
左手前では、男が豪華な馬具をつけた白い馬を殺そうとしています。サロンの解説文によれば、王が殺させたのは女たちだけでなく、小姓や愛馬、犬にまで及びました。
こちらを見る女
寝台の足もとには金の象の頭が飾られ、そのそばに女が一人横たわっています。画面の中で見る者と目を合わせているのは、この女だけです。ほかの人物はみな、目の前の死に向き合っています。
バイロンの戯曲から生まれた絵
サルダナパールの話は、古代ギリシャの歴史家ディオドロスの著作に出てきます。ドラクロワが直接の着想を得たのは、イギリスの詩人バイロンが1821年に書いた戯曲『サルダナパール』でした。絵は1827年の後半にパリで描かれ、豊かで鮮やかな暖色と大きな筆致で仕上げられています。
この絵はのちに音楽家にも影響を与え、ベルリオーズのカンタータ『サルダナパール』(1830年)や、リストの未完のオペラ『サルダナパーロ』が生まれました。
ドラクロワはこの3年前の1824年に『キオス島の虐殺』を描いています。どちらも大画面に多くの犠牲者を積み重ねた作品です。
1828年のサロンでの騒ぎ
作品は1828年1月14日にサロンの審査を通り、2月から4月25日までルーヴル宮で展示されました。出品されたのは1827〜1828年のサロンで、出品番号は1630でした。いまも画面の左下の角に「1630」と書いたラベルが貼られています。
美術史家リンダ・ノックリンは、当時の人々がこの絵をドラクロワ自身の破壊的な性的幻想と受け取ったことが騒ぎの原因だと論じています。東洋の王という「他者」と、西洋の男性との境目が崩れて見えたというのです。
6,000フランからルーヴルへ
ドラクロワが絵を手放したのは1846年7月20日で、買い手はダニエル・デイヴィッド・ウィルソン、価格は6,000フランでした。1857〜58年頃には、ドラクロワ自身の監督のもとで裏打ちなどの修復が行われています。その後、画商デュラン=リュエルらの手を経て、1893年にジョゼフ・ヴィッタ男爵のものになりました。
1921年7月、ヴィッタ男爵はこの絵をルーヴル美術館のために国立美術館連合へ売りました。公式の価格は80万フランですが、うち10万フランは男爵からの寄付で、実際の支払いは70万フランでした。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

殺される馬左手前では、男が豪華な馬具をつけた白い馬を殺そうとしています。サロンの解説文によれば、王が殺させたのは女たちだけでなく、小姓や愛馬、犬にまで及びました。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『サルダナパールの死』はどこにある?
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パリのルーヴル美術館が所蔵しています(絵画部門、目録番号RF 2346)。館の公式データベースでは、展示場所はドノン翼1階のモリアン室(700室、ロマン主義)とされています。
- サルダナパールとは誰?何が描かれている?
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サルダナパールは古代アッシリアの王です。反乱軍に宮殿を囲まれ、軍が敗れると、王は財産を壊させ、愛妾たちを殺させ、自ら火を放ちました。絵はその最期の場面で、王は巨大な薪の山の上に置いた寝台に横たわっています。
- なぜサロンで批判された?
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当時主流だった新古典主義は、落ち着いた色、整った空間、道徳的な主題を重んじました。この絵の主人公は、すべてを道連れに滅びる王です。古典の英雄とはまるで違います。さらに短縮法で死の場面を観客の側へ傾けるように描いており、伝統的なアカデミーの絵画とは正反対でした。
- 『サルダナパールの死』は2枚ある?
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あります。ドラクロワは1844年に縮小版を描いており、こちらはアメリカのフィラデルフィア美術館が所蔵しています。大きさは73.71 × 82.47 cmで、392 × 496 cmあるルーヴルの原画の6分の1ほどの幅です。
ウジェーヌ・ドラクロワのほかの作品
《ダンテの小舟》 《キオス島の虐殺》 《墓場の少女》 《民衆を導く自由の女神》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



