
「エトワール」はフランス語で「星」、バレエで最高位の踊り手を指す言葉です。ドガの代表作の一つとして、作者自身の日本語版ウィキペディア記事にも「踊りの花形」「舞台の踊り子」とも呼ばれる代表作として名前が挙がっています。ドガはオペラ座の定期会員として、楽屋や稽古場に自由に出入りできる特権を持っていました。
見どころ
「エトワール」という題名
エトワールはバレエの最高位である「プリンシパル」を指す言葉です。ドガの代表作を紹介する記事でも、この作品は「踊りの花形(エトワール、あるいは舞台の踊り子とも呼ばれる)」として名を連ねています。
オペラ座の特権的な観客
ドガは銀行家の息子で裕福な家庭の出身であり、オペラ座の定期会員として楽屋や稽古場に自由に出入りできる特権を持っていました。この特権は20世紀半ばに廃止されており、ドガのバレエ主題の多くはそこで見た風景がもとになっています。
一瞬をとらえる素描力
ドガは殊にバレエの踊り子や浴女を題材にした作品を多く残し、彼女らが一瞬見せた何気ない動作を永遠化する素描力に優れていたと評されています。
オペラ座の定期会員
ドガは1834年、パリの銀行家の家に生まれました。エコール・デ・ボザールでアングル派の画家ルイ・ラモートに師事し、1862年にマネと知り合ってからは画家仲間の集まりにも加わっています。裕福な家庭の出身だったドガは、オペラ座の座席を年単位で購入する定期会員となり、一般会員には許されない楽屋や稽古場への出入りを許されていました。
都会生活の古典画家
ドガの制作の基盤は、印象派の同時代人たちよりもむしろルネサンスの巨匠やアングルの画風にありました。屋外の風景は競馬場など人の集まる場所に限られ、関心はもっぱら都会生活とそこに生きる人間に向けられています。普仏戦争に従軍した際に患った目の病気で外出が難しかったことも、この傾向に関係しているとされています。晩年は視力の衰えもあり、踊り子や馬をかたどった塑像や彫刻も手がけました。
よくある疑問
- 『エトワール』はどこにある?
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パリのオルセー美術館の所蔵です。もとはルーヴル美術館の版画素描部門にあった作品で、パステル画としてオルセー美術館に伝わっています。
- 「エトワール」とはどういう意味?
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フランス語で「星」を意味し、バレエでは最高位の踊り手であるプリンシパルを指す言葉として使われます。
- ドガはなぜバレエをよく描いた?
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ドガはオペラ座の定期会員として、楽屋や稽古場、舞台袖といった一般人が立ち入れない場所に自由に出入りできました。普仏戦争従軍時の目の病気もあって外出がままならず、都会の室内風景に関心が向いたことも関係しているとされています。
- ドガは印象派の画家?
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1874年の第1回印象派展以来、全8回のうち7回に出品しており、通常は印象派の一員とみなされています。ただし本人はルネサンスの巨匠やアングルの画風を基盤とし、自らを「現代生活の古典画家」と位置付けていました。
基本データ
エドガー・ドガのほかの作品
《舞台のバレエ稽古》 《アブサントを飲む人》 《出走前》 《14才の少女ダンサー》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル