
この絵のナポレオンは、実は一度もモデルを務めていません。座って肖像画になることを拒み続けたため、ダヴィッドは自分の息子を梯子の上に立たせてポーズを取らせています。実際のアルプス越えは晴天の日のことで、ナポレオン本人は軍に数日遅れてラバに乗って峠を越えました。同じ構図の絵は5枚描かれ、馬の毛色や外套の色がそれぞれ微妙に異なります。
見どころ
岩に刻まれた3つの名前
前景の岩には「BONAPARTE」の文字とともに、ハンニバルとカール大帝の名も刻まれています。ともにアルプスを越えて軍を率いた偉大な将軍として、ナポレオンをその後継者に見立てる仕掛けです。
山頂を指す右手
顔を画面手前に向けたナポレオンは、右手で山頂を指し、左手で軍馬の手綱を握っています。必ず頂に到達するという指揮官の意志と、兵士たちへ続けと命じる身ぶりとされています。素手ではなく手袋をしている点は、征服者ではなく調停者でありたいという願いの表れとも解釈されています。
後方に続く大砲の列
ナポレオンの背後には、大砲を運ぶ兵士たちの一群が列をなして山道を進む姿が描かれています。理想化された前景に対し、実際の遠征の困難さを伝える一角です。
座らなかった皇帝
ダヴィッドは通常、下絵や下調べを重ねてから描く画家でしたが、この絵ではそれがほとんどできませんでした。ナポレオンが肖像画のためにじっと座ることを拒否したためです。1798年に一度だけ3時間ほどモデルを務めさせたことがありましたが、ナポレオンは終始落ち着かず、ダヴィッドは十分に描き取れませんでした。特徴を写し取るより人格を描くべきだというのがナポレオンの言い分だったとされています。結果として、この絵はありのままの肖像ではなく、理想化された政治的な図像になりました。
5枚の絵がたどった来歴
原画はマドリードの王宮に飾られていましたが、ナポレオンの兄ジョゼフがスペイン王を廃位された際に持ち出され、アメリカ亡命先にも運ばれました。子孫に受け継がれ、1949年にマルメゾン城の美術館へ寄贈されています。サン=クルー城にあった1枚は1814年にプロイセン軍に持ち去られ、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿へ運ばれました。アンヴァリッドの複製は倉庫保管を経てヴェルサイユ宮殿へ。ミラノに届けられた絵はオーストリアに接収され、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に落ち着きました。5枚目はダヴィッドの死後、娘の手でテュイルリー宮殿に納められ、のちにヴェルサイユへ移されています。
英雄に見立てるための仕掛け
ダヴィッドは寓意的な象徴よりも、歴史上の英雄との重ね合わせを選びました。岩に刻まれたハンニバルとカール大帝の名はその表れです。ナポレオンがモデルを拒んだためダヴィッドの息子が代役を務めたことで、絵のナポレオンは実年齢より若々しい姿になっています。馬の姿勢は、ロシアの『青銅の騎士』像やプッサンの絵画から着想を得たとされています。のちに画家ドラローシュは、より写実的にラバへ乗るナポレオンの姿を描いており、両者はしばしば対比されます。
よくある疑問
- 『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』はどこにある?
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この絵(原画)はマルメゾン城が所蔵しています。同じ構図の絵はほかに4枚あり、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿、ヴェルサイユ宮殿に2枚、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に分かれて展示されています。
- 本当にこんな勇壮な姿で峠を越えた?
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実際のアルプス越えは晴天の日で、ナポレオンは軍に数日遅れ、ガイドに案内されてラバに乗って峠を越えたとされています。この絵の目的はプロパガンダで、ナポレオンがダヴィッドに求めたのは「荒馬を冷静に乗りこなす」姿でした。
- なぜ同じ絵が5枚もある?
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最初の依頼主はスペイン王でしたが、ナポレオンはさらに3枚を要求し、サン=クルー城、アンヴァリッド、ミラノのチザルピーナ王宮に飾らせました。5枚目はダヴィッドが死去するまで手元に置いていた絵です。馬の毛色や外套、署名などに細かな違いがあります。
- モデルは誰?
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ナポレオン本人は肖像画のモデルになることを拒み続けたため、ダヴィッドは自分の息子を梯子の上に立たせてポーズをとらせました。服装はマレンゴの戦いで実際に着用した制服と二角帽を借り、馬はナポレオン所有の2頭(栗毛のラ・ベルと葦毛のマレンゴ)がモデルにされています。
基本データ
- 作者
- ジャック=ルイ・ダヴィッドJacques-Louis David
- 制作年
- 1801年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 261 × 221 cm
- 様式
- 新古典主義
- 所蔵
- マルメゾン城(リュエイユ=マルメゾン)
- 展示室
- 近代
ジャック=ルイ・ダヴィッドのほかの作品
《ホラティウス兄弟の誓い》 《マラーの死》 《ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル