
クリムトが1909年に描いた『ユディトII』は、高さ178cmに対して幅はわずか46cmという、極端に縦長のカンヴァスに描かれた作品です。金箔を多用した「黄金の時代」の終盤にあたる時期の制作で、クリムトはその8年前にも同じ主題で『ユディトI』を描いています。
見どころ
縦に極端に細長い画面
高さ178cmに対し、幅は46cmしかありません。クリムトが好んだ正方形のカンヴァスとは対照的な、極端に縦長の形です。
黄金の時代の終盤に
『接吻』などに代表される、金箔を多用した「黄金の時代」の作品は1907〜08年頃に集中しています。1909年に描かれた『ユディトII』は、その終盤にあたる時期の制作です。1910年代に入るとクリムトは金箔を用いる装飾的な作風から離れていきました。
繰り返し描いた宿命の女
クリムトの作品には「ファム・ファタル(宿命の女)」が繰り返し描かれています。1901年の『ユディトI』に続いて、この『ユディトII』も同じ主題を扱った作品です。
ウィーンの寵児から分離派へ
グスタフ・クリムトは1862年、ウィーン近郊のバウムガルテンに生まれました。工芸学校で古典主義的な教育を受けた後、弟や友人と共同で美術やデザインの仕事を請け負い、ウィーンのブルク劇場の装飾などで名声を確立します。1897年には保守的な美術家組合を離れた若手芸術家たちによって結成されたウィーン分離派の初代会長に就きました。1905年に分離派を脱退した後は、上流階級の婦人たちの肖像画を多く手がけています。
黄金の時代とその後
『接吻』に代表される、金箔を多用した華やかな「黄金の時代」の作品群は、1907年から1908年頃に集中しています。1909年に描かれた『ユディトII』は、この時期の終盤にあたる制作です。クリムトの作品には、女性の裸体や官能的なテーマとともに「ファム・ファタル(宿命の女)」が繰り返し描かれており、1901年の『ユディトI』に続くこの作品も同じ系譜に連なります。1910年代に入るとクリムトは金箔を用いる装飾的な作風から離れていき、1918年、ウィーンで亡くなりました。
よくある疑問
- 『ユディトII』はどこにある?
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イタリア・ヴェネツィアのカ・ペーザロ国際近代美術館が所蔵しています。
- 誰が描いた?
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オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1909年に描きました。クリムトはウィーン分離派の初代会長を務めた、装飾的な金箔表現で知られる画家です。
- 『ユディトI』とは何が違う?
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クリムトは1901年にも同じ主題で『ユディトI』を描いており、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿オーストリア絵画館が所蔵しています。『ユディトII』はその8年後、1909年に制作された同主題の作品です。
- サロメとは違う人物?
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作品の記録には、ユディトのほかサロメとの関連も示されています。ユディトは旧約聖書外典に登場する、故郷を救うため敵将ホロフェルネスを討った女性です。
基本データ
グスタフ・クリムトのほかの作品
《接吻》 《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》 《ダナエ》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、撮影: Didier Descouens)。元ファイル