自画像

アルブレヒト・デューラー《自画像》1498年
自画像Self-Portrait
1498年
油彩、板、52 × 41 cm
プラド美術館(マドリード)
何がすごいのか

ドイツの巨匠アルブレヒト・デューラーが26歳の自分を描いた自画像です。当時「職人」だった画家という職業を、貴族のような身なりで高貴なものとして描いた最初期の作品とされています。ニュルンベルク市庁舎からイングランド王チャールズ1世に贈られたのち、巡り巡ってプラド美術館に落ち着きました。

見どころ

貴族的なまなざし

26歳のデューラーは画家らしからぬ、貴族のような気品をたたえた表情で自分を描いています。焦点は顔と、絵筆を持つ手に合わされ、画家という職業の誇りを表現しています。

なめし革の手袋

身に着けているのは高価でイタリア風の衣服と、なめし革の手袋です。当時「職人」とみなされていた画家が、身分の高い階級であるかのように描かれています。

窓の外の雪山と署名

背景の窓からは雪に覆われた山並みが見えます。1490年代のイタリアなどへの旅の記憶ともいわれます。右側の窓枠の下には堂々とした署名が記されています。

『黙示録』と同じ年に

本作が描かれたのは、木版画連作『黙示録』をデューラーが制作した年でもあります。この連作により、彼は全ヨーロッパで急速に名声を得つつありました。ルネサンス期のイタリアでは画家が職人から知識階級へと地位を高めており、デューラーはドイツでも同じ変化を起こそうとしていたと考えられています。

13歳から続く自画像

デューラーほど自分の容姿を気にかけた画家は多くありません。13歳のとき、鏡を見ながら銀筆で自分を描いた素描が残っています(アルベルティーナ、ウィーン、1484年)。22歳のときには油彩の自画像(ルーヴル美術館、1493年)を描き、本作の2年後、28歳のときにもさらに自画像(アルテ・ピナコテーク、ミュンヘン、1500年)を制作しました。

王侯を渡り歩いた来歴

もとはニュルンベルク市庁舎に所蔵されていましたが、1636年にイングランド王チャールズ1世に贈られました。清教徒革命でチャールズが処刑されると1651年に売り立てられ、スペイン大使がスペイン最高位の伯爵ルイス・メンデス・デ・アロのために買い取りました。その後、伯爵から国王フェリペ4世に献上されて王室コレクションに入り、1827年にプラド美術館へ移されました。

よくある疑問

『自画像』(デューラー)はどこにある?

マドリードのプラド美術館が所蔵しています。もとはニュルンベルク市庁舎にあり、イングランド王への贈答、スペイン王室コレクションを経て1827年にプラド美術館へ移されました。

誰が描いた?

ドイツ・ルネサンス期の巨匠アルブレヒト・デューラーが、1498年、26歳のときに自分自身を描きました。油彩の自画像としては22歳のときの『自画像』(ルーヴル美術館)に次いで2点目の作品です。

なぜ画家なのに貴族のような格好をしている?

ルネサンス期のイタリアでは、画家が「職人」から知識階級・宮廷人へと地位を高めつつありました。デューラーはこの絵で、ドイツにおいても画家の社会的地位を「芸術家」に、絵画を「自由学芸」に引き上げようとしたと考えられています。

所有者は誰だった?

ニュルンベルク市庁舎からイングランド王チャールズ1世に贈られましたが、清教徒革命でチャールズが処刑されると1651年に売却されました。スペインの伯爵ルイス・メンデス・デ・アロが購入し、のちに国王フェリペ4世に献上されて王室コレクションに入りました。

基本データ

制作年
1498年
種別
絵画
技法・素材
油彩、板
寸法
52 × 41 cm
様式
ドイツのルネサンス期
所蔵
プラド美術館(マドリード)

アルブレヒト・デューラーのほかの作品

《野兎》 《メランコリア I》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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