
デューラーが描いた野兎は、毛の1本ずつまで写真のような正確さで描き分けられています。実際に生きた個体を見て描いたのか、死んだ個体で細部を仕上げたのか、今もはっきりわかっていません。少なくとも12点の模写が同時代の画家たちによって作られました。
見どころ
1本ずつ描かれた毛
光は左から兎に当たり、耳や体に沿った毛の流れを強調しています。二重のクロスハッチングという技法で無数の細かい筆致を重ね、本物の毛のような質感を作り出しました。
生きているような目
瞳には白を含む複数の色が差され、兎に生命感を与えています。瞳の中には格子状の反射が描かれていて、これはデューラーが動物の目に生気を持たせるためによく使った技法です。
今にも跳びそうな姿勢
耳をぴんと立て、両脚を体の下にたたんで座る姿勢で描かれています。平らな面の上に置かれ、いつでも跳び上がりそうな印象を与えます。
自然観察に打ち込んだ時期
デューラーは1500年から1505年にかけて、自然を観察して描く研究に力を注いでいました。美術史家エルヴィン・パノフスキーは、この時期のデューラーが動物をより正確な比例でとらえようとし、「顕微鏡的な観察」を重ねて作品に取り入れたと述べています。それ以前の作品を、構図の誤りゆえに「力強くはあるが根拠が不確かだ」とみなし、そこからの改善を目指していたともされています。
工房に遺された原画と模写
『野兎』はデューラーの工房に、1528年に彼が亡くなるまで保管されていました。その後ウィリバルト・インホーフの手に渡り、1588年、インホーフ家の財政難によって皇帝ルドルフ2世に売却されます。1691年にウィーンのアルベルティーナ美術館へ移り、現在まで所蔵先は変わっていません。日付とデューラーの単独モノグラムが目立つ形で入れられていることから、単なる習作ではなく独立した作品として制作されたと考えられています。同時代の画家ハンス・ホフマンは複数の模写を残し、1528年の模写ではデューラーのモノグラムまで写し取っています。この模写が敬意によるものか、複製か、あるいは偽作に近いものかは、研究者の間でも意見が分かれています。
よくある疑問
- 『野兎』はどこにある?
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オーストリア・ウィーンのアルベルティーナ美術館が所蔵しています。1691年にここへ収蔵されて以来、所蔵先は変わっていません。
- 誰が描いた?
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ドイツ・ルネサンスの画家アルブレヒト・デューラーが1502年、ニュルンベルクの工房で描きました。
- 本物の兎を見て描いた?
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生きた兎を見て描いたのか、野外でスケッチした後に死んだ個体で細部を仕上げたのか、はっきりわかっていません。瞳に窓枠らしき反射が描かれていることから工房内で制作したとする見方もありますが、この格子状の反射はデューラーが目に生気を与えるために好んで使った常套的な技法でもあります。
- なぜ「野兎」という題名なのに成獣なの?
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ドイツ語の原題「Feldhase」は「野の兎」を意味し、若い個体という意味ではありません。体の特徴から、描かれているのは成熟した個体だと考えられています。
基本データ
- 作者
- アルブレヒト・デューラーAlbrecht Dürer
- 制作年
- 1502年
- 種別
- 素描
- 技法・素材
- 水彩・ボディカラー、紙
- 寸法
- 25.1 × 22.6 cm
- 様式
- ドイツのルネサンス期
- 所蔵
- アルベルティーナ(ウィーン)
- 展示室
- ルネサンス
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル