思春期

エドヴァルド・ムンク《思春期》1894〜1895年
思春期Puberty
1894〜1895年
油彩、カンヴァス、151.5 × 110 cm
ノルウェー国立美術館(オスロ)
何がすごいのか

ベッドの端に座る少女が、目を見開いてこちらを見ています。背後には本人の輪郭からはみ出した黒い影が立ち上がっています。ムンクはこの絵について、1885年頃に描いた別の絵の写しで、その原画はアトリエの火事で焼けたと語っていました。

見どころ

見開いたままの目

少女は口を閉じ、目を大きく見開いてまっすぐ前を見ています。光は左から差し込んでいます。この表情が、思春期の不安の象徴として読まれてきました。

膝の前で組まれた手

両脚をぴたりと閉じ、片手を膝のあいだに、もう片方を右の腿に置いています。体を隠す仕草が、そのまま緊張として画面に出ています。

背後の黒い影

少女の右後ろに、暗く不吉な影が伸びています。体の形と一致しない大きさで描かれており、実際の影というより不安そのものを描いたものと解釈されています。

焼けたという「最初の一枚」

ムンクはこの絵を、1885年か1886年に描いた絵の写しだと説明していました。その最初の絵はアトリエの火事で失われた、というのが本人の説明です。裏づけとなる作品は残っていません。

同じ主題をムンクは繰り返し作り直しました。油彩のほかにリトグラフとエッチングがあり、1890年代の連作『生命のフリーズ』の一枚として位置づけられています。この連作の主題や図像を、ムンクは生涯にわたって何度も取り上げ直しています。

ロップスの版画との関係

ベルギーの画家フェリシアン・ロップスが1882年に発表した版画『ドン・ジュアンの最も美しい恋』と、この絵は構図がよく似ています。ムンクは問われるたびに影響を否定しました。

しかし美術批評家や美術史家は一貫して類似を指摘してきました。ムンクについて最初に書かれた1894年の著作から、すでにこの点は言及されています。ノルウェーの美術史家アルネ・エッグムは、あまりによく似ているためにムンクは否定せざるをえなかったのだろうと述べています。

象徴主義と表現主義のあいだ

この絵は象徴主義と表現主義の両方に結びつけられます。象徴主義はムンクが出てきた場所であり、表現主義はムンクが中心的な役割を果たした運動です。制作当時、ムンクは20代半ばでベルリンを拠点に画家としての評価を固めつつありました。

よくある疑問

『思春期』はどこにある?

オスロのノルウェー国立美術館が所蔵しています。ムンクはこの主題を油彩だけでなくリトグラフとエッチングでも制作しました。

何を描いた絵?

ベッドの端に腰かけた裸の少女です。子供から大人へ移る時期の身体と心の変化、目覚めはじめた性への不安の象徴として読まれてきました。ムンクが1890年代に取り組んだ連作『生命のフリーズ』の一枚です。

モデルは誰?

特定されていません。長い髪の若い少女という以上のことはわかっていません。

題名は最初から『思春期』だった?

違います。ムンクはこの主題の各版に別々の題をつけており、最初は『若いモデル』、のちに『思春期』、さらにのちには『夜に』と呼びました。題が変わることで、絵の読み方自体も変わってきました。

基本データ

制作年
1894〜1895年
種別
絵画
技法・素材
油彩、カンヴァス
寸法
151.5 × 110 cm
所蔵
ノルウェー国立美術館(オスロ)

エドヴァルド・ムンクのほかの作品

《叫び》 《マドンナ》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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