
『オランピア』という名前は、当時のパリで娼婦を指す俗称でした。神話の女神のように理想化された裸婦ではなく、サンダルと首のリボンを身につけたまま横たわる姿は、批評家から下品なメスゴリラとまで酷評されています。奥行きを捨てた平坦な構図は、日本の浮世絵の影響だとされています。
見どころ
首に巻いたリボン
オランピアはサンダルを履き、首にはリボンを巻いたまま横たわっています。神話や歴史の場面に登場する理想化された裸婦とは違い、当時の娼婦を思わせる装いとして批判の的になりました。
素足に履いたサンダル
横たわる裸婦は素足のままではなく、片方の足にサンダルを履いています。理想化された女神の裸体には見られない生々しい細部で、これも当時の娼婦を暗示する要素とされました。
花束を運ぶ召使い
背後に立つ黒人女性の召使いは、贈られた花束を手にしています。奥に立っているのにオランピアとほぼ同じ大きさで描かれ、奥行きよりも平面の構成が優先されています。
平坦さが招いた酷評
マネは日本の浮世絵の影響を受け、ルネサンス以来の奥行きのある空間表現や陰影を切り捨てました。手前のオランピアと奥に立つ召使いは、本来なら奥のほうが小さくなるところを同じ大きさで描かれています。理想化されない平坦な裸体は、当時「下品なメスゴリラ」とまで酷評されました。
ティツィアーノから借りた構図
全体の構図は、ティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』を借用したものです。横たわる裸婦という伝統的な図像を踏襲しながら、女神ではなく現実の女性を描いたことが、当時の観客と批評家を戸惑わせました。
後世のオマージュ
『草上の昼食』と同様に、多くの芸術家がこの作品をもとにした作品を発表しています。ポール・セザンヌは1874年に『モデルヌ・オランピア』を描いて第1回印象派展に出品し、スイスの画家オーベルジョノワは1943年に『オランピア礼賛』を制作しました。日本の森村泰昌は1988年から1990年にかけて、自ら裸体の女性と召使いの両方に扮した写真作品を発表しています。
よくある疑問
- 『オランピア』はどこにある?
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フランス・パリのオルセー美術館の所蔵です。1862年から1863年に描かれた『草上の昼食』とともに、マネの代表作とされています。
- モデルは誰?
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裸婦のモデルはヴィクトリーヌ・ムーランです。『草上の昼食』をはじめ、1860年代から1870年代前半にかけてのマネの多くの作品でモデルを務めました。
- なぜ批判されたの?
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サロンには入選しましたが、『草上の昼食』と同様に「現実の裸体の女性」を主題としたことが批判されました。『オランピア』は当時のパリで娼婦を指す通称でもあり、サンダルと首のリボンという装いも非難の的になりました。
- 黒猫には意味があるの?
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画面右端の黒猫は、女性器を指す当時の隠語でもあったとされています。1865年のサロン出品の直前にマネ自身が描き加えたとも言われますが、この経緯を裏付ける出典は確認されていません。
基本データ
エドゥアール・マネのほかの作品
《草上の昼食》 《笛を吹く少年》 《フォリー・ベルジェールのバー》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル