
美術史上初めて陰毛が描かれた女性のヌードとされる作品です。長椅子に横たわり、恥じらいもなく鑑賞者を正面から見つめるこの絵のせいで、ゴヤは1814年に異端審問所への出頭を命じられました。
見どころ
こちらを見る視線
頭を高く上げ、鑑賞者を正面から見つめる表情です。恥じらう仕草のない挑発的な眼差しが、伝統的な女神像とは一線を画しています。
陰毛が描かれた下腹部
頭の後ろで両手を組む姿勢のため、視線は自然と下腹部へ導かれます。ここに体毛を描いたのは西洋絵画史上初めてとされています。
対角線に横たわる体
体は画面の右上から左下へ斜めに配置され、当世風の長椅子の上でくつろいでいます。先例のない新しいポーズでした。
裸体画がタブーだった時代
19世紀までのスペインでは、カトリック信仰の倫理と異端審問のため、裸婦像を描くこと自体がタブーとされていました。国王カルロス3世とカルロス4世は、王室コレクションにあったティツィアーノやルーベンスの裸体画について「卑猥な絵は集めて焼却せよ」と命じたことがあります。17世紀のベラスケスが『鏡のヴィーナス』を例外的に描けたのも、遠く離れたローマでのことでした。
ゴヤも息子の証言によれば自身の絵を「ヴィーナス」として構想していたとされ、背中を見せるこの『鏡のヴィーナス』と対をなす作品として注文された可能性も指摘されています。しかし本作にはキューピッドなど神話を示す小道具が一切なく、当世風の長椅子に横たわる同時代の女性として描かれています。
ゴドイのコレクションから異端審問へ
1800年当時、本作は宰相マヌエル・デ・ゴドイの私室に飾られていました。1808年にゴドイの財産が押収されると『着衣のマハ』とともに資産目録に記載され、1815年には異端審問所の審査対象になっています。押収時の記録では「ジプシーの女」「ヴィーナス」と呼び名が変わり、最終的に「マハ」という名で定着しました。
マハとは、18世紀末から19世紀初めのマドリードの下町で見られた、洒落た衣装で着飾った粋な女性たちを指す言葉です。異端審問所の審査官が両作品を「マハの衣装をまとった女性」と報告書に記したことから、この名称が定着しました。
よくある疑問
- 『裸のマハ』はどこにある?
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マドリードのプラド美術館の所蔵です。1901年からこの美術館にあり、『着衣のマハ』と並べて展示されています。
- モデルは誰?
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長年、アルバ侯爵夫人や宰相ゴドイの愛妾ペピータ・トゥドーが有力候補とされてきました。ただし現在では、特定の女性を描いたのではないという見方が優勢です。
- なぜ問題になった?
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裸婦像そのものが公的空間から排除されタブー視されていたスペインで、陰毛まで写実的に描いたためです。1814年にゴヤは異端審問所への出頭を命じられ、1815年の審査官の報告書では押収された「猥褻な絵画」の1点として扱われました。
- 『着衣のマハ』と何が違う?
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ポーズを多少変えて服を着せた対作品です。『裸のマハ』は繊細な光や色彩の表現が特徴で、『着衣のマハ』はより簡潔な技法で描かれています。長椅子や布、レースの模様、女性像の角度も違っていて、ゴドイの自宅改装の際に裸体像を隠すため急いで制作されたとみられています。
基本データ
- 作者
- フランシスコ・デ・ゴヤFrancisco Goya
- 制作年
- 1797〜1800年頃
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 97 × 190 cm
- 様式
- ロマン主義
- 所蔵
- プラド美術館(マドリード)
- 展示室
- 近代
フランシスコ・デ・ゴヤのほかの作品
《着衣のマハ》 《マドリード、1808年5月3日》 《我が子を食らうサトゥルヌス》
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル