動植綵絵

伊藤若冲《動植綵絵》宝暦7年頃〜明和3年頃(1757〜1766年)
伊藤若冲Itō Jakuchū
動植綵絵Colorful Realm of Living Beings
宝暦7年頃〜明和3年頃(1757〜1766年)
絹本著色
皇居三の丸尚蔵館(東京)
何がすごいのか

動植物を描いた全30幅からなる大作で、日本で初めてベロ藍(プルシアンブルー)を用いた例とされています。もとは相国寺に寄進されましたが、1889年に明治天皇へ献上され、その下賜金1万円が窮乏していた寺を救いました。

見どころ

13羽の雄鶏だけを描く

画面いっぱいに13羽の雄鶏が重なり合うように描かれています。動植綵絵30幅のうち、鶏の羽毛だけで画面を構成する作品の一つです。

羽毛の細密な描写

尾羽の一枚一枚まで、白黒のまだら模様や光沢が緻密に描き分けられています。当時最高品質の画絹と絵の具を惜しみなく使ったことが、200年以上たった今も色あせが少ない理由とされています。

赤い鶏冠の重なり

画面には赤い鶏冠を持つ雄鶏が何羽も配置され、視線を上下左右に誘導しています。綿密な写生に基づきながら、幻想的な雰囲気も漂わせています。

廃仏毀釈から寺を救った献上

明治22年(1889年)、動植綵絵は若冲の寄進状や売茶翁の一行書とともに明治天皇に献納されました。このときの下賜金1万円のおかげで、廃仏毀釈の影響で窮乏していた相国寺は、1万8000坪の敷地を維持することができました。

皇室御物となった動植綵絵は、重要な賓客を迎える際の装飾として使われました。力強い描線と濃い彩色は、明治宮殿の洋風の内装ともよく調和したと伝えられています。

セントルイス万博の「若冲の間」

明治37年(1904年)のセントルイス万国博覧会では、川島織物が動植綵絵のうち織物に適した15幅を綴織で再現し、10幅をパネル仕立てにしてはめ込んだ「若冲の間」を出品しました。天井にも若冲の草花図をもとにした染織品がはめられ、金賞1枚と金牌2個を受賞しています。

120年ぶりにそろった33幅

動植綵絵は長らく『釈迦三尊図』3幅と離れて所蔵されてきました。平成19年(2007年)、相国寺での展覧会で、1889年の献納以来120年ぶりに全33幅が初めてそろって公開されています。

よくある疑問

『動植綵絵』はどこで見られる?

皇居三の丸尚蔵館(東京)の所蔵で、国宝に指定されています。全30幅がそろって公開される機会は多くありません。

何が描かれている?

鳥、鳳凰、草花、魚介類など、動植物を描いた全30幅からなる連作です。綿密な写生に基づきながらも、どこか幻想的な雰囲気を漂わせる画面が特徴です。

なぜ相国寺に寄進された?

伊藤若冲が両親と弟、そして自分自身の永代供養を願って、『釈迦三尊図』3幅とともに相国寺に寄進しました。『動植綵絵』という名称は、若冲自身が寄進状にそう記したことに由来します。

なぜ30幅なの?

若冲は『山川草木悉皆仏性』の思想を、観音経にある『三十三応身』になぞらえて表現したと考えられています。『動植綵絵』30幅と『釈迦三尊図』3幅を合わせると33幅になります。

基本データ

作者
伊藤若冲Itō Jakuchū
制作年
宝暦7年頃〜明和3年頃(1757〜1766年)
種別
絵画
技法・素材
絹本著色
所蔵
皇居三の丸尚蔵館(東京)

伊藤若冲のほかの作品

《紫陽花双鶏図》

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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