
関根正二は当初、この絵に『楽しき国土』という題名をつけるつもりでした。しかし友人の伊東深水から「むしろ深い悲しみを感じる」と指摘され、現在のタイトルに変えたと伝えられています。関根はこの作品の翌年、20歳で世を去りました。
見どころ
「楽しき国土」から改題
関根は当初『楽しき国土』という画題を考えていましたが、幼なじみで画家の伊東深水から、むしろ深い悲しみを感じるという指摘を受け、現在のタイトルに変えたとされています。
第5回二科展での樗牛賞
1918年の第5回二科展に『姉弟』『自画像』とともに出展され、新人賞にあたる樗牛賞に選ばれました。2003年には国の重要文化財に指定されています。
翌年に絶筆となった画業
関根はこの作品の翌年、結核により20歳で亡くなりました。絶筆となった『慰められつつ悩む』の現物は紛失し、現在は作品を写した絵葉書のみが残されています。
独学で画家になった青年
関根正二は1899年、屋根葺き職人の父のもとに福島県で生まれ、父を追って上京しました。同級生だった伊東深水の紹介で東京印刷株式会社に就職し、そこでオスカー・ワイルドの作品に触れています。1913年頃から絵画を学び始め、太平洋画研究所に数ヶ月通った以外はほぼ独学でした。1915年には長野県へ放浪の旅に出て、洋画家の河野通勢と出会っています。
20歳での早世
『信仰の悲しみ』が樗牛賞を受けた1918年頃から、関根は心身ともに衰弱していきました。翌1919年6月、結核により20歳で世を去ります。関根の代表作である『信仰の悲しみ』は、日本の近代洋画史を代表する傑作のひとつと評されています。
よくある疑問
- 『信仰の悲しみ』はどこにある?
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岡山県倉敷市の大原美術館が所蔵しています。2003年に国の重要文化財に指定されました。
- タイトルの由来は?
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関根正二は当初『楽しき国土』という画題を考えていましたが、伊東深水から深い悲しみを感じるという指摘を受け、現在のタイトルに変えたとされています。
- 関根正二はどんな画家?
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福島県出身の洋画家で、ほぼ独学で絵を学びました。幼なじみの伊東深水の紹介で印刷会社に勤めながら絵画の勉強を始め、1915年の第2回二科展に初入選しています。1919年、結核により20歳で夭折しました。
- どんな賞を受けた?
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1918年の第5回二科展で、新人賞にあたる樗牛賞に選ばれました。
基本データ
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル