
藤島武二が正倉院の宝物「箜篌」を見たことをきっかけに描いた、想像上の天平時代の女性像です。国の重要文化財に指定されています。翌年発表した続編にあたる作品『諧音』は本作以上に高く評価されましたが、藤島自身が塗りつぶしてしまい現存しません。
見どころ
手にする箜篌
女性が手にしているのは箜篌(くご)という古代の撥弦楽器です。藤島は正倉院宝物の箜篌を見る機会を得て、天平時代への空想をふくらませ本作の着想を得たといいます。
薄青紫と赤紫の衣
女性は薄青紫の上衣に、赤と紫の縦縞が入った長袴を着けています。特定の史実の再現ではなく、古代への憧れから自由に想像を広げて描かれた衣装です。
金地に咲く桐の花
背景は金地で、女性は花咲く桐の木の前に立っています。装飾的な金地と古代への浪漫性を融合させた画面構成は、発表当時から高く評価されました。
正倉院の宝物からの着想
1902年の読売新聞のインタビューで、藤島武二は本作の着想について語っています。前年の1901年に奈良を訪れ、仏像や仏画を見て回るうちに正倉院宝物の箜篌を見る機会を得て、天平時代に空想をめぐらせたことが本作につながったといいます。
本作は当初『天平時代の婦人図』という題名で、1902年の白馬会第7回展に出品されました。特定の史実や場面を厳密に考証して再現したものではなく、古代への憧れから自由に想像をふくらませて描かれています。
明治浪漫主義の先駆け
当時の日本の洋画壇は、フランスから帰国した黒田清輝を中心とする白馬会系の外光派的な作風が全盛でした。これに対し、古代の伝説や神話、歴史に題材をとる浪漫的な絵画が明治30年代半ばから現れ、本作のような藤島の作品がその先駆けとなりました。藤島は本作を描く前年から雑誌『明星』の装画を手がけ、同誌の浪漫派詩人たちとも交流を持っています。
この作風は青木繁の天平時代や古事記を題材とした一連の作品によく継承されました。詩人の蒲原有明は、本作に想を得た詩「独絃調三首」を『明星』に発表しています。
現存しない続編『諧音』
本作発表の翌1903年、藤島は白馬会第8回展に、対作品となる『諧音』を出品しました。阮咸という古代の絃楽器を爪弾く女性を描いたもので、未完成にもかかわらず本作以上の評判を得たといいます。評論家の上田敏や詩人の蒲原有明はこの作品を高く評価しました。
しかし『諧音』は展覧会の後、藤島自身によって塗りつぶされ、現存していません。洋画家の児島虎次郎が模写した作品が残っており、失われた原画の面影を今に伝えています。
よくある疑問
- 『天平の面影』はどこにある?
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東京都中央区のアーティゾン美術館が所蔵しています。公益財団法人石橋財団の所有です。
- 何が描かれている?
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箜篌という古代の撥弦楽器を手にして立つ女性です。薄青紫の上衣と赤紫の縦縞の長袴を着け、花咲く桐の木の前、金地の背景の中に描かれています。特定の史実の再現ではなく、天平時代への空想をもとにした想像上の情景です。
- なぜ天平時代を描いた?
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藤島は1901年に奈良を訪れ、仏像や仏画を見て回るうちに正倉院宝物の箜篌を見る機会を得て、天平時代に空想をめぐらせたと語っています。当時の洋画壇が外光派的な写実を中心としていたのに対し、古代の伝説や歴史に題材をとる浪漫的な絵画の先駆けとなりました。
- 重要文化財に指定されている?
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2003年5月29日に国の重要文化財に指定されています。藤島武二の代表作の1つとされています。
基本データ
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル