
この作品のデータ
| 作者 | カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ | 同じ作家の作品 2点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1818年 | |
| 時代 | 近代 | 同じ時代の作品 43点 |
| 様式 | ロマン主義 | 同じ様式の作品 17点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 油彩、カンヴァス | |
| 所蔵 | ハンブルク美術館ハンブルク | 同じ所蔵の作品 2点 |
| 有名度 | ★★★名画クイズの無料の54点に収録 |
後ろ姿しか描かれておらず、顔も表情もわかりません。手前の岩、中景の岩山、遠景の山々は実在する別々の場所を組み合わせて再構成された風景で、実際には同じ場所に存在しません。ドイツ語の原題は複数の訳し方ができ、「霧の海を眺めるさすらい人」とも訳されます。
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見どころ
顔のない後ろ姿の男
深緑色のコートをまとった男が岩の上に立ち、こちらに背を向けています。顔はどこにも描かれていません。風になびく髪だけが動きを示し、見つめる先の景色をどう感じているかは観客の想像に委ねられています。
霧から頭を出す岩山
中景では別の岩山が霧の中から頭をのぞかせ、断崖に生えた木々も見えます。遠景右手に描かれているのはツィルケルシュタイン山とされ、実在する複数の山を組み合わせて描かれています。
空と溶け合う雲海
雲海は遠景でなだらかな山や草原と混じり合い、最後には空の雲と見分けがつかなくなります。輪郭のはっきりした手前の岩と、境界のあいまいな奥の風景が対比されています。
実在しない風景の組み合わせ
フリードリヒは他の作品と同じく、エルベ砂岩山地を実際に屋外でスケッチしてからアトリエに持ち帰り、これらを再構成して1枚の絵に組み込みました。遠景のツィルケルシュタイン山、左手のローゼンベルク山かカルテンブルク山、手前のガムリッヒ山、男が立つカイザークローネの山々はいずれも実在しますが、そのままの位置関係では存在しません。
分かれてきた解釈
2004年、マイケル・ゴラはこの絵をカント風の内省の一種と解釈し、旅人が雲海の暗がりを見つめる姿にそれを見出しました。2001年、ロン・デンボは旅人を未来がわからないことの暗喩だとして共感を示しています。エール大学のジョン・ルイス・ギャディス教授は、風景を征服していながら描かれた個人にはさしたる意味がないという、矛盾した印象を指摘しました。
訳し分けられる題名
原題はドイツ語で『Der Wanderer über dem Nebelmeer』といいます。「Wanderer」は迷って目的を探す放浪者とも、目的を持って旅するハイカーとも訳せます。「Nebelmeer」も霧の海と海の霧の両方の意味を持つため、日本語では『霧の海を眺めるさすらい人』『雲海を見下ろす散策者』などいくつもの邦題が使われています。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

霧から頭を出す岩山中景では別の岩山が霧の中から頭をのぞかせ、断崖に生えた木々も見えます。遠景右手に描かれているのはツィルケルシュタイン山とされ、実在する複数の山を組み合わせて描かれています。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『雲海の上の旅人』はどこにある?
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ドイツ北部の都市ハンブルクにあるハンブルク美術館の所蔵です。『リューゲン島の白亜岩』『氷の海』と並び、フリードリヒがロマン主義絵画のスタイルに忠実に描いた代表作のひとつとされています。
- 顔が描かれていないのはなぜ?
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はっきりした理由は記録されていません。後ろ姿の技法によって、鑑賞者の視線は男の顔ではなく彼が見つめる風景に向かいます。歴史家ジョン・L・ギャディスは、顔が見えないために彼が景色に勇気づけられているのか恐れているのか、その両方なのかがわからないと指摘しています。
- 描かれているのはどこの山?
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岩山はドイツ南東部のザクセン州とチェコ・ボヘミア地方にまたがるエルベ砂岩山地が題材です。遠景の山はツィルケルシュタイン山、手前の岩はガムリッヒ山とされていますが、実際には離れた複数の場所をアトリエで組み合わせて再構成した風景です。
- タイトルの意味は?
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原題はドイツ語で『Der Wanderer über dem Nebelmeer』です。「Wanderer」には放浪者とハイカーの両方の意味があり、「Nebelmeer」も霧の海と海の霧の二通りに解釈できるため、日本語では『霧の海を眺めるさすらい人』などとも訳されます。
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



