
この作品のデータ
| 作者 | ラファエロ・サンティ | 同じ作家の作品 5点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 1509〜1510年 | |
| 時代 | ルネサンス | 同じ時代の作品 58点 |
| 様式 | 盛期ルネサンス | 同じ様式の作品 22点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | フレスコ | |
| 所蔵 | バチカン美術館バチカン市国 | 同じ所蔵の作品 5点 |
| 有名度 | ★★★名画クイズの無料の54点に収録 |
ラファエロは誰を描いたか一切書き残しませんでした。プラトンとアリストテレス以外はほとんど特定できていません。500年近く後には、この絵の一部をガンズ・アンド・ローゼズがアルバムジャケットに転用したこともあります。
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見どころ
空を指すプラトン
中央の2人のうち左がプラトン、右がアリストテレスです。プラトンは指を天に向け、アリストテレスは手のひらで地を示しています。観念論と現実主義という、それぞれの哲学の方向性を表しているとされます。
知恵の女神アテーナー像
奥の壁龕にはギリシアの神々の彫像が置かれています。右側にいるのは知恵の女神アテーナーで、ローマの女神ミネルウァの姿で表現されています。左の壁龕には竪琴を持つ医と音楽の神アポローンの像があります。
サン・ピエトロを思わせる建築
舞台はギリシャ十字形の空間で、建築家ドナト・ブラマンテの様式に影響を受けているとされます。ヴァザーリはブラマンテ自身がこの絵を手伝ったと記しています。学堂の景観はサン・ピエトロ大聖堂の正面を意図したものだと見る研究者もいます。
教皇の依頼で始まった壁画
ラファエロは教皇ユリウス2世に仕えていた1509年から1510年ごろにかけて、バチカン宮殿の「署名の間」を手がけました。この部屋のために最初に仕上げたのは『聖体の論議』で、『アテナイの学堂』はそれに続く2作目です。長らくラファエロの代表作とみなされてきました。
特定できない哲学者たち
研究者たちはギリシアの学者のほとんどをこの絵の中に見つけられるはずだと言い続けてきましたが、正確な身元を言い当てるのは容易ではありません。誰を描くかの選定には多くの承認が必要だったと考えられていますが、その過程を記した資料は残っていません。
世界各地の複製
この絵の複製は各地に作られています。アメリカのノースカロライナ大学アシュビル校やベイラー大学、ロシアのケーニヒスベルク大聖堂などにも複製画があります。1991年にはハード・ロックバンドのガンズ・アンド・ローゼズが、アルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン』のジャケットにこの絵の一部を使い、手がけたのはマーク・コスタビでした。
読んだらクイズ
この拡大は、どの見どころ?

知恵の女神アテーナー像奥の壁龕にはギリシアの神々の彫像が置かれています。右側にいるのは知恵の女神アテーナーで、ローマの女神ミネルウァの姿で表現されています。左の壁龕には竪琴を持つ医と音楽の神アポローンの像があります。
次に見る1枚
よくある疑問
- 『アテナイの学堂』はどこにある?
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バチカン美術館内、バチカン宮殿の「署名の間」と呼ばれる部屋の壁に直接描かれたフレスコ画です。ラファエロがこの部屋のために手がけた壁画の2番目にあたります。持ち運びのできる作品ではなく、部屋ごと見学することになります。
- 誰が描かれている?
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描かれているのは古代ギリシアの哲学者や科学者たちとされています。中央のプラトンとアリストテレスの身元には異論がありませんが、それ以外の人物については研究者の間でも見解が分かれています。
- なぜ人物が誰なのかわからないの?
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ラファエロ自身が誰を描いたかを書き残さず、同時代の記録も見つかっていないためです。図像を読み解くための仕掛けを用意していたはずですが、それを説明する資料が残っていません。
- 複製画はどこかにある?
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イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館に、1755年にアントン・ラファエル・メングスが手がけた4×8mのカンヴァス複製があります。アメリカのバージニア大学にはフレスコ画の複製があり、本物とまったく同じ大きさでの複製はバチカンが許可していないため、4インチ小さく作られています。
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出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル



