レウキッポスの娘たちの略奪

ピーテル・パウル・ルーベンス《レウキッポスの娘たちの略奪》1616〜1618年頃
レウキッポスの娘たちの略奪The Rape of the Daughters of Leucippus
1616〜1618年頃
油彩、キャンバス、224 × 210.5 cm
アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)
何がすごいのか

馬上の双子の神が姉妹をさらう暴力的な場面なのに、女性の手は男の腕に優しく置かれ、抵抗する様子がありません。長らく別の神話の絵と誤解され、18世紀のドイツの作家が指摘するまで題名すら定まっていませんでした

見どころ

馬上でさらわれる姉

騎士の姿をしたカストルが、馬上から姉妹の1人ヒラエイラを抱き上げようとしています。彼女の右手は略奪者をつかむのではなく、男の腕に優しく置かれています

地に降りたポリュデウケス

半裸の拳闘士の姿をしたポリュデウケスは、馬から降りて右腕で兄弟の略奪を助け、左腕でもう1人の娘ポイベを抱き上げようとしています。乱れた衣服から肌があらわになっています。

手綱を握る2人のキューピッド

ディオスクロイが手綱から手を放している間、2人のキューピッドが代わりに手綱を握って馬を制御しています。そのうち1人は鑑賞者の側に視線を向けています。

誤解されていた主題

ディオスクロイによるレウキッポスの娘たちの略奪という主題は非常に珍しく、ルーベンスの本作品がほとんど唯一の作例とされます。そのため当初は、古代ローマの伝説を描いた「サビニの女たちの略奪」だと考えられていました。18世紀のドイツの作家ヴィルヘルム・ハインゼが指摘して以降、現在の主題として知られるようになりました。

先人からの引用

ルーベンスはイタリア・ルネサンス期の巨匠たちから学んだ成果を本作に盛り込んでいます。彫刻的にグループ化された人体と馬のもつれは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『アンギアーリの戦い』に関係しています。娘のポーズは、ミケランジェロが『レダと白鳥』で描いたレダの姿に似ています。両脚を跳ね上げた馬の描写には、古代彫刻『馬の調教師』も参考にされたと考えられています。

結婚の寓意としての解釈

一説によると、本作品は結婚の寓意として解釈できます。ディオスクロイがレウキッポスの娘たちと結婚した伝承があることから、ルーベンスはこれをアレスとアプロディテの結婚に代わるものとして制作したとも考えられています。キューピッドが馬を制御している点も、この解釈と一致しています。

よくある疑問

『レウキッポスの娘たちの略奪』はどこにある?

ミュンヘンのアルテ・ピナコテークの所蔵です。プファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムのコレクションに含まれていたことが知られています。

誰が誰をさらっている?

スパルタ王妃レダとゼウスの間に生まれた双子ディオスクロイ、カストルとポリュデウケスが、メッセニア王レウキッポスの娘ヒラエイラとポイベを馬でさらう場面です。姉妹はもともと別の男性たちと結婚することになっていました。

以前は別の神話の絵だと思われていた?

はい。ディオスクロイによる略奪という主題は非常に珍しく、当初は古代ローマの伝説「サビニの女たちの略奪」を描いた作品と考えられていました。18世紀のドイツの作家ヴィルヘルム・ハインゼが指摘して以降、レウキッポスの娘たちの略奪と考えられるようになりました。

なぜ暴力的に見えない?

ルーベンスの他の略奪画と比較すると、本作は恐怖や絶望の表情を欠き、むしろ優雅さがあります。ディオスクロイがレウキッポスの娘たちと結婚した伝承があることから、結婚の寓意として解釈する説があります。

基本データ

制作年
1616〜1618年頃
種別
絵画
技法・素材
油彩、キャンバス
寸法
224 × 210.5 cm
様式
バロック
所蔵
アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)

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出典・画像について

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