
完成当初のタイトルは『風景:真昼』で、1821年のロイヤル・アカデミー展に出品されたときは買い手がつきませんでした。ところが3年後にパリのサロンで展示されると熱狂的に評価され、フランス国王シャルル10世から金メダルを授与されています。馬車が川の浅瀬で立ち止まっているのは演出ではなく、木製の車輪を水で濡らして収縮を防ぐためとされています。
見どころ
浅瀬に立ち寄った乾草車
3頭の馬に牽かれた木製の乾草車が、スタウア川の浅瀬を渡っています。乾いた暑さの中では木製の車輪が金属のリムから縮んで離れてしまうため、水に浸して収縮を抑えていたと考えられています。
手つかずのコテージ
左端に描かれた家は、小作農ウィリー・ロットのコテージです。ロットは生涯で4日以上この家を離れたことがないと伝えられています。この家はほとんど手を加えられずに現存しています。
消えてしまった木々
画面に描かれた木々は、いずれも現存していません。コンスタブルの父が所有していたフラットフォード製粉所の近くの風景で、当時の姿を伝える数少ない記録の一つになっています。
父の製粉所のそばの風景
舞台は、コンスタブルの父が所有していたサフォーク州フラットフォード製粉所の近くです。スタウア川は2つの州の境界にあたり、左岸がサフォーク州、右岸がエセックス州にあたります。左端に描かれたウィリー・ロットのコテージは、別の作品『ウィリー・ロットのコテージ』の主題にもなっています。この絵は、毎年ロイヤル・アカデミーの展覧会向けに描かれた横幅6フィートの大型キャンバス「6フィート画」シリーズの一つで、実物大の油彩スケッチはヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されています。
本国での不遇とフランスでの熱狂
1821年のロイヤル・アカデミー展では買い手がつきませんでしたが、1824年のパリ・サロンでは大きな反響を呼びました。この年の初めに亡くなった画家ジェリコーへのオマージュとして展示されたともいわれています。展覧会でフランス国王シャルル10世から金メダルを授与され、ドラクロワをはじめとする新世代のフランス人画家たちに影響を与えました。その後、絵は画商の手を経てワイト島の個人に渡り、コレクターのヘンリー・ヴォーンが買い取って1886年にナショナル・ギャラリーへ寄贈しています。
主張の舞台にされた名画
『乾草の車』は、たびたび政治的な主張の舞台にもされてきました。1983年には核軍縮を訴える芸術家が、本作のフォトモンタージュに巡航ミサイルを描き加えています。2013年には父親の権利を訴える団体の関係者とみられる人物が少年の写真を絵に貼り付けましたが、恒久的な損傷はありませんでした。2022年には環境保護団体の活動家が、田園風景を山火事で汚した再考版の絵を貼り付け、額縁とニスに軽微な損傷が生じましたが、修復されています。
よくある疑問
- 『乾草の車』はどこにある?
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ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。コレクターのヘンリー・ヴォーンが購入し、1886年に同館へ寄贈しました。
- もとのタイトルは?
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コンスタブルが1821年のロイヤル・アカデミー展に出品したときのタイトルは『風景:真昼』でした。自然の移ろいを描く古典的な風景画の伝統に連なる作品と考えていたことがうかがえます。「乾草の車」の通称が広まったのは後年のことです。
- 馬車はなぜ川の中で止まっている?
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絵的な演出ではなく、実用上の理由と考えられています。乾燥した暑さの中で木製の車輪が金属のリムから縮んで離れてしまうため、車輪を水で濡らして収縮を抑え、外側の金属の輪を固定させていたとされます。
- 描かれた場所は残っている?
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左端に描かれたウィリー・ロットのコテージはほとんど手を加えられずに現存していますが、画面の木々はいずれも現存していません。2010年には同じ構図で撮影された写真も残されています。
基本データ
- 作者
- ジョン・コンスタブルJohn Constable
- 制作年
- 1821年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 130.2 × 185.4 cm
- 様式
- ロマン主義
- 所蔵
- ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
- 展示室
- 近代
出典・画像について
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