高橋由一《鮭》1877年頃(推定)
高橋由一Takahashi Yuichi
Still Life of Salmon
1877年頃(推定)
油彩、紙
東京藝術大学大学美術館(東京)
何がすごいのか

西洋画としては珍しい縦長の構図で描かれています。江戸時代以前の床の間に掛軸を掛ける習慣の名残ではないかと指摘されています。写実性を何より重んじた由一は、署名や落款が絵の価値を減じると考え、サインを残しませんでした

見どころ

荒縄でつるされた頭部

頭部は荒縄で結ばれ、逆さにつるされた状態で描かれています。下描きをせず、実物の鮭を見て直接描き込んだと考えられています。

半身を切り取った身の質感

荒縄に結ばれた新巻鮭が、半身を切り取られた状態で描かれています。油絵具の特性をそのまま生かし、鮭のリアルな質感を表現しています。

鱗のスクラッチ技法

鱗の部分には緻密なスクラッチ技法が用いられており、リアルな絵肌を再現しています。この技法が使われているのは重要文化財に指定された作品のみで、フォンタネージの指導が入っている可能性も指摘されています。

写実を広めるための画塾

由一は洋画の普及のため、1873年(明治6年)に画塾『天絵社』を開きました。1876年(明治9年)からは月例の展覧会を開催し、由一自身の『展覧会規則諸言』には「画ハ物形ヲ写スノミナラズ併セテ物質ヲ写得スルガ故ニ、人ヲシテ感動セシム」と記されています。一連の『鮭』は、この時期にもっとも制作に傾注していた時期の作品と見られています。

同時代の絶賛と、後世の評価

1877年の天絵社月例展に出品された作品について、洋画家の平木政次は「先生の傑作」だと絶賛しています。美術史家の高階秀爾は、対象とのあいだにあるはずの空気の存在を感じさせない、目まいにも似た距離感の喪失があると評しました。画家のナカムラクニオは、由一の『鮭』を宗教画的な解釈を必要としない、純粋な日本人の眼で見た「フォトリアリズム」だと位置づけています。

未発見の鮭図がある可能性

由一は複数回にわたって『鮭』を画題に選んでいます。1875年には国沢新九郎の画塾での洋画展に『乾物図』、1876年には浅草花やしきの油絵展に『乾魚図』、1878年には京都の洋画展覧会に『鮭の図』が出品された記録が残っており、未発見の鮭図が複数存在する可能性も指摘されています。

よくある疑問

『鮭』はどこで見られる?

東京藝術大学大学美術館(東京)の所蔵で、重要文化財に指定されています。同館の『鮭』を含む3点が由一の真筆と認められています。

誰が描いた?

高橋由一です。日本橋浜町に画塾『天絵社』を開き、月例の展覧会に出品する作品を毎月3点ほど、およそ5年間描き続けた時期の作とみられています。

なぜ鮭を描いたの?

西洋画の特徴である正確さ(写実性)を、誰もが知っているものを通じて鑑賞者に伝えるためだったと見られています。師走の時期に描かれたことが多いことから、お歳暮の贈答品として絵の新巻鮭を贈る趣向だったのではないかという指摘もあります。

本物はどれ?

東京藝術大学大学美術館、山形美術館、笠間日動美術館の3点が由一の真筆と認められています。神奈川県立歴史博物館の『川鱒図』を含める場合もありますが、酒田の画家・池田亀太郎の作という説もあり、諸説あります。

基本データ

作者
高橋由一Takahashi Yuichi
制作年
1877年頃(推定)
種別
絵画
技法・素材
油彩、紙
所蔵
東京藝術大学大学美術館(東京)

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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