
発表当時、この絵は高慢でふしだらな女性を描いたものだと激しく非難されました。収集家パーヴェル・トレチャコフでさえ、はじめは自身のコレクションに加えることを拒んでいます。画家クラムスコイは、手紙にも日記にもモデルが誰なのか一言も残しませんでした。
見どころ
誇り高く物憂げな瞳
整った目鼻立ちに、印象的な唇と物憂げな眼、濃いまつげが描き込まれています。誇らしげで高慢そうな表情が、見る者の解釈をかき立てます。
黒い毛皮のコートと帽子
はやりの黒い毛皮のコートと帽子、薄い革手袋を身に着けています。当時の最新モードそのものの装いです。
アニチコフ橋の雪景色
背景は雪の積もったサンクトペテルブルクの街並みで、女性はアニチコフ橋に馬車を止めています。冬の光が全体を包んでいます。
娼婦と決めつけられた絵
発表当時、「見知らぬ女」は絶世の美女というわけではないものの、印象的な容姿を高慢な態度で描いたものとみなされました。ある評者は「馬車にのったコケット」と評し、別の評者は路上で身を売る女性になぞらえるほど厳しい言葉を投げつけています。クラムスコイ自身は「慎ましやかなのか、それとも自分を売り物にしているのか、彼女のうちにはあらゆるものがある」と語りました。
移動派を率いた画家
クラムスコイの仕事は当初から美術界の傍流に位置し、ロシアの美術アカデミーから追放されています。しかし1883年ごろにはその名が広く知られるようになり、皇帝アレクサンドル3世のような最高のパトロンの肖像画も手がけました。クラムスコイは移動派と呼ばれる美術運動の創設者であり、指導者でもありました。
評価が一変した理由
本作の高い評価は、審美的な側面よりも描かれた主題をめぐる論争から生まれました。パーヴェル・トレチャコフでさえ当初は自身のコレクションに加えることを拒みましたが、やがて「見知らぬ女」の人気は不動のものとなります。グッゲンハイム美術館のキュレーターは、この女性を『アンナ・カレーニナ』のような特別な感情を抱かせるロシア人女性だと評しています。
よくある疑問
- 『見知らぬ女』はどこにある?
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モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。同じ1883年制作とされる初期のヴァージョンが、ドイツ・キールのアートセンターにもあります。
- モデルは誰?
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わかっていません。クラムスコイは題名を「見知らぬ女」とだけつけ、モデルについて手紙や日記で言及することはありませんでした。トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の女主人公に着想を得た可能性を指摘する説もあります。
- なぜ発表当時ひどく批判された?
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毛皮とビロードに身を包んだ女性が、当時の道徳観では娼婦を連想させる姿と受け取られたためです。「路上で売りさばいた貞操の対価を装いとして身にまとう」とまで評した批評家もいました。
- なぜ今は高く評価されている?
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描かれた主題への評価が、その後の芸術観の変化によって見直されたためです。美しき罪というテーマがクラムスコイに続く若い芸術家たちの間で一般的になったことも理由の一つです。
基本データ
- 作者
- イヴァン・クラムスコイIvan Kramskoi
- 制作年
- 1883年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 75.5 × 99 cm
- 所蔵
- トレチャコフ美術館(モスクワ)
- 展示室
- 印象派以後
出典・画像について
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